“からだ”をつかう。<連載>

身体が変わる、体幹ウォーキング。

撮影/藤井由依[Roaster]、栗原大輔[Roaster] 取材・文/井口啓子

誰でも気軽にできる運動、ウォーキング。けれど、身近なだけに正しいウォーキング方法や日常生活への上手な取り入れ方は、意外に知られていないもの。今回は、ウォーキング指導に定評のある金哲彦さんに、基本となる姿勢や、毎日続けられるコツなどを伝授してもらいました。外で過ごすのが気持ちいい秋晴れの季節はもちろん、身体がポカポカ温まるので屋内にこもりがちな冬場にもおすすめ。正しいウォーキング習慣を身につけて、疲れにくい身体を手に入れましょう!

心身共にメリット!
もっとも手軽な有酸素運動

ランナーで、プロラン二ングコーチの金哲彦さん。オリンピック選手のランニング指導から一般向けのウォーキング講座まで、幅広い層に向けたコーチングをおこなっています。

もともと「走ることのプロ」だった金さんが、ウォーキングに着目されたきっかけは何ですか?

そもそも陸上競技をしている人は、ウォーキングもするものです。たとえば、マラソン選手は大会のために数ヶ月かけてトレーニングをしますが、まず最初に45kmくらいの長時間ウォークから始める人もいます。コースの距離感覚をつかむという目的もありますが、怪我を防止し、有酸素運動の基礎となる能力を高める目的が大きいです。ウォーキングはいちばん身近で、安全にできる有酸素運動なので、走る人はもちろん、すべての人にとって体力づくりの基本となるものなんです。

具体的にウォーキングにはどのような効果があるのでしょう?

たくさんあります。有酸素運動なので体脂肪を燃焼して健康的にスリムになれますし、新陳代謝が上がるので、肌の状態もよくなる。背中や足腰の筋肉も鍛えられるので体型にメリハリが出てきますし、ケガもしにくくなります。また、心肺機能が鍛えられて、持久力やスタミナもつきます。

メンタル面での効果はありますか?

適度な運動は血流をよくし、“幸せホルモン”と言われる脳内ホルモン・セロトニン(→過去記事参照)も活性化するので、ストレスを解消したり、やる気が高まる効果もあります。夜もよく眠れるようになるし、歩きながら景色が流れていくのを感じるだけでも気分がいい。昔から、健康のために1日1万歩ぐらい歩くことをお医者さんが推奨していますが、ウォーキングは有酸素運動の中でも日常生活に取り入れやすく、年齢や運動経験の有無を問わず、誰でも気軽にできますよね。身体への負担もほぼゼロと言っていいですし、心身共にメリットしかないと思います。

金さんが手がけた著書のほんの一部。ランニングのフォームや体幹の使い方のメソッドを生かしたウォーキングに関する著書が多数!

自己流の歩き方では効果も半減
97%の人が正しく歩けていない!?

とはいえ、歩くこと自体は誰もが普段から当たり前にやっていることですが…。

ウォーキングの歩き方自体は、速度を除けば、日常生活での正しい歩き方とほぼ変わらないのですが、実はそれができていない人が多いんです。以前ウォーキングに関する本を執筆するために、街を行き交う人々の歩き方を調査したことがあったのですが、約97%の人が正しい歩き方をできていませんでした。

97%! 私たちもその中に含まれているかもですね!

現代はみんなスマホを見ている時間が長く、またデスクワークも多いので、猫背の人がすごく多いんです。猫背のままダラダラと歩くだけだと、本来使われるべき筋肉が正しく動かされないので、どれだけ長い距離を歩いたところで、それは「散歩」であって「運動」にはなりません。自己流の歩き方は効率が悪い上に、腰や膝を痛める恐れもあるので、ぜひ正しいフォームを身につけて、歩くという行為を効果的な運動に変えていただきたいですね。

そこで、金さんに正しい歩き方を教えていただきました!

“丹田”を意識しながら
骨盤と肩甲骨を動かす

正しく歩くために気を配りたい身体のポイントは「丹田」と「肩甲骨」と「骨盤」の3つ。まず、背筋を正して胸を開き、丹田(たんでん)を意識して立ちます。丹田とは、ヘソ下の下腹部のことで、立った時の重心位置であると同時に、心身の精気が集まるとされるところ。

そして足先ではなく、骨盤から動かすイメージで、足を大きく前に踏み出します。腕もただ振るのではなく、背中から肩甲骨を動かすことを意識して。常に丹田と骨盤と肩甲骨を意識すれば、足だけではなく体幹を使って歩くフォームが出来上がります。これが、金さんが提唱する「体幹ウォーキング」です。

まず立ち方に気をつけるだけで、歩き方も変わります。背筋を正し、丹田に力を入れながら体幹で立つのがポイント。歩き始める際は、腕をただ振るのではなく、肩甲骨から後ろに引くように。肩の力を抜いて胸を開くと、肩甲骨の周りの筋肉が動くのを感じられフォームも変わります。
下半身は足先を前に出すのではなく、太ももの大きな筋肉を意識し、骨盤から前へ動かし踏み出します。片足が着地するのと同時に、その足の骨盤が前方に出るように意識しましょう。着地は重心の真下にかかとを下ろす感覚で。

ウォーキング前には、肩甲骨がしっかりと動くように肩周りのストレッチをしておくと運動効率もアップ。金さんのおすすめはこの2種のストレッチです。

片方の上腕をもう一方の手で押さえてグッと引っ張り、肩の後ろの大きな筋肉を伸ばすストレッチ。左右それぞれ行います。
両手を脇の下に当てて胸を大きく開き、肩甲骨を背中側に寄せるように両肘をぐるぐる回すストレッチも効果的。両肘のペースを合わせて前回転を何回か行ったら、後ろ側へも何回か回転します。

移動手段を徒歩に変えれば
毎日むりなく継続できる!

正しく歩くといろんな筋肉が動くものなのですね。スピードはどのくらいがいいですか?

身長によって歩幅も変わりますが、私は「1分間に120歩」のスピードを推奨しています。1秒に2歩というのは、ちょうど「ミッキーマウスのマーチ」のリズムに近いので、慣れるまでは頭で再生しながら歩くといいですね。骨盤を動かして歩いていると、自然と歩幅も広がってリズミカルに歩けます。

歩く量は、どのくらいを目指せばいいでしょう?

目安としては、やはり1万歩。これは距離にすると7〜8キロ、時間にすると80分ほどです。最低でも20分は継続しないと効果的な有酸素運動にはならないので、運動としてならば小分けにしてちょこちょこ歩くよりは、一度に20分以上の歩行時間を1日合計80分、できれば毎日継続することが大切です。難しければ、まずは20分以上の歩行を1日1度でも続けることを目指してください。

ウォーキングを毎日続けるための秘訣はありますか?

計80分というと結構長い時間なので、わざわざ歩くために時間を割くのは、毎日となるとなかなか難しいですよね。おすすめは、普段の生活の中での移動を、ウォーキングに変えること。たとえば、最寄り駅まで自転車に乗るのはやめて徒歩にする、通勤電車でも数駅分は歩く、エスカレーターではなく階段を使うなどがいいと思います。雨の日などは、ショッピングモールといった屋内を歩くのもいいですよ。普段の歩行から、正しい姿勢とペースを心がけると、目に見えて体型も変わってきます。

服装に関して、おすすめはありますか?

長距離を歩くなら、スポーツウェアにウォーキングシューズがいいですが、ウォーキングはランニングとは違って汗だくになることはないでしょうから、“ついで歩き”なら歩きやすい服やスニーカーなら何でもOK。ただ、バッグに関しては、ショルダーバッグだと身体の重心がずれるし、肩甲骨を動かしたり腕を振ったりしづらいので、リュックサックがおすすめです。

金さんは、歩行時間の目安としてApple Watchを活用。「目標を達成したら教えてくれるし、“今日はあと○キロ歩けますよ”とアナウンスもしてくれるので、まるで専属コーチがいるみたいで励みになります」

アプリで記録をつければ
モチベーションもアップ!

他にも手軽に続けられる方法はありますか?

アプリやウェアラブルを使って、毎日記録を取るのもおすすめです。最近は「GARMIN(ガーミン)」というランニング用ウォッチを使っている人が多いです。GPSが搭載されており、距離や心拍数も測れるので運動の負荷もわかる。スマートフォンでもいろんな歩行アプリがあって、わざわざアプリを立ち上げてスタートボタンを押さなくても、歩き出すと自動的に時間や歩数をカウントしてくれるものもあります。明確な数字が出ると、モチベーションも一気に高まりますよ。

アプリの「ガーミンコネクト」をスマートフォンにダウンロードして、ウォッチとペアリングすれば、自分だけのコースを構築したり、友達と競いあったり、楽しみがさらに広がります。

最後に、SBJのPTRは立ち仕事の方が多いのですが、おすすめのウォーキングはありますか?

立ち仕事なら運動量は足りているでしょうが、業務中はどうしても瞬発的な運動になります。有酸素運動をするためにも、帰りにちょっと寄り道し、景色のいい場所を30分ぐらいゆっくり歩いてクールダウンするといいですね。

ウォーキングは“頑張って”やるのではなく、毎日継続することが大事。そのためにも正しい歩き方を知って、なるべく無理せず効率よく、楽しみながら続けていくと「少しの距離なら、タクシーに乗らず歩いてみよう」といった具合に、自分の中で徒歩感覚が変わってきます。そうなると身体的にも肉体的にも変化が感じられるはずですよ。

ウォーキングに関する質問なら、なんでも即答の金さん。ちなみにジムのウォーキングマシンで歩く際には「マシンは歩行面が動いているので、着地したときに自動的に足が流れてしまい筋肉が付きづらい。なので足に体重が乗りやすいよう、5度ぐらいの傾斜をつけるといいですね」

INFORMATION

金哲彦
早稲田大学在籍時に箱根駅伝ランナーとして活躍。その後、マラソン選手として1989年東京国際マラソン3位など功績を上げる。1992年より小出義雄監督率いるクラブのコーチ(後に監督)となり、有森裕子や高橋尚子など数々のオリンピック選手を指導。2001年NPO法人ニッポンランナーズを創設。現在、プロアスリートや一般市民ランナーの指導、駅伝・マラソン・陸上競技に関するテレビ・ラジオ解説、ウォーキング講座、著書の執筆まで多岐にわたって活躍中。
Twitter/https://twitter.com/kin_tetsuhiko

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