“からだ”をつかう。<連載>

【自転車ライフのはじめ方】
自転車通勤歴25年のプロが教える基本

撮影/菅原景子 取材・文/岡林敬太
 イラスト/蔵元あかり(Roaster)

コロナ禍の影響もあり、移動や通勤の手段としてニーズが高まりつつある「自転車」。学生のとき以来、久しぶりに自転車に乗ってみようかな…と考えている人も多いのでは? けれどいざはじめるとなると、どんな自転車を選び、何に気をつけるべきか、案外わからないもの。そこで今回は自転車評論家の疋田智さんが、自転車ライフのはじめ方を指南! 自転車に乗るメリットから、おすすめの自転車タイプ、安全な乗り方までを解説します。

【自転車のメリット】

速い!健康的!経済的!

テレビ局に勤務する傍ら、自転車関連の著述活動を行う疋田智さん。自転車で通勤する人を意味する“自転車ツーキニスト”を名乗り、この言葉を世に広めた張本人。俳優の石井正則さんとともに、自転車の楽しさを届ける人気ラジオ番組「ミラクル・サイクル・ライフ(TBSラジオ)」のパーソナリティーも務めています。

疋田さんいわく「自転車を生活に取り入れると、想像以上にメリットがたくさんあることに気づくはずです」。25年前から自転車通勤を続けているという疋田さんが、身をもって実感する自転車ライフのメリットとは?

メリット1 …都市交通で最速の移動手段
「自転車って実は、移動手段としてものすごく速いんです。ドアtoドアで行けるし、渋滞がないし、電車みたいに待ち時間もない。都市交通において10キロ圏内なら、おそらくどこに行くにしても最速なのが自転車です」
メリット2 …健康にいい
「自転車を漕ぐ有酸素運動は、とても痩せやすいと個人的に思っています。僕が自転車通勤を始めたのは29歳のとき。当時は体重が84kgありましたが、1年後には67kgまで痩せました。同時に健診結果にも変化が。かつては『オールC』だったコレステロール値や中性脂肪、尿酸値などが『オールA』になり、現在もその状態をキープできています。健康効果は個人差があると思いますが、良い影響をもたらしてくれることは明らかです」
メリット3 …経済的
「移動をすべて自転車で済ませば、交通費がかかりません。自転車自体を購入する必要はありますが、年単位、一生単位で考えると、かなりの金額が節約できることになります」
メリット4 …オンオフの切り替えに役立つ
「僕の場合、自転車通勤を始めたら血の巡りがよくなったようで、出社直後からすぐ仕事に集中できるようになりました。また、行き帰りに自転車で体を動かしているため、適度な疲労感を得られ、夜もストンと眠れるようになりました」
メリット5 …季節や街の変化を感じられる
「走りながら四季の移り変わりを目や耳、香りからも感じることができ、豊かな気持ちなります。街の移り変わりを直接発見できるので、話題のスポットなどの情報にも自然と詳しくなりますよ」
メリット6 …エコ
「自転車は排気ガスを出しませんから、地球に優しい。どれだけ走っても罪悪感がないので、精神衛生上もよいと思います」

疋田さんの話を聞けば聞くほど、自転車が欲しくなってきたのでは? 続いて以下では、購入時の基礎知識を教わります。

【自転車の選び方】

初心者の街乗りには
クロスバイクが最適

初心者が街乗り用に買うならどんな車種がおすすめかと尋ねると、「クロスバイクが一番!」と疋田さんは即答。

「クロスバイクは、もとはマウンテンバイクとロードバイクの中間的な自転車でしたが、今は『ママチャリとロードバイクの中間的な自転車』を指します。ママチャリは機能性よりも乗りやすさを重視した自転車で、ロードバイクは走りに特化した本格サイクリング向けのスポーツ自転車。その両者の“いいとこどり”をしたものがクロスバイクです」

〈クロスバイクの特徴〉

[タイヤ]
ママチャリほど太くなく、ロードバイクほど細くない
[ハンドル]
ママチャリのように背筋を直立させたまま握れるセミアップハンドルでもなければ、ロードバイクのように極端な前傾姿勢を求められるドロップハンドルでもない一直線のハンドルを採用しているため、ほどよい前傾姿勢を保つことができる
[車体の重さ]
ロードバイクほど軽くはないが、ママチャリよりはるかに軽いため、スピードを出すのも急停車するのもラクな上、坂道を昇るのもスムーズ
[値段]
ママチャリよりは高いけれど、ロードバイクよりは安い。安いクロスバイクだと5〜6万円で買えるので、初心者でも挑戦しやすい

つまり、「乗り心地とスピードが両立されている」のが、クロスバイクということになります。

こちらは疋田さんが以前よく乗っていたクロスバイク。クロスバイクはトップチューブ(サドルの下から前方に伸びたフレーム)があるため、乗車の際は足を後方に上げ、サドルをまたいで座ります。そして、ハンドルを握ると適度な前傾姿勢になります。「慣れると前傾のほうがラクだし、体全体の筋肉を使うため全身が痩せやすい。ママチャリの直立姿勢だと、両足の筋肉のみに負荷がかかり、太ももが太くなることもありますよ」

【自転車の購入方法】

ネット注文ではなく
お店で相談しながらが◎

「自転車はインターネットなどではなく、自転車屋さんで買ったほうがいい」と疋田さんは言います。

「ネットで購入するとパーツが分解された状態で送られてくる場合が多いので、初心者には組み立てるのが大変。店頭ならば、買う前にサイズ感や質感、座り心地などを直接確かめられるほか、店員さんに助言を仰ぐことができるのも強みです。また故障した際も、ネット購入だと修理に出すのが面倒ですが、店頭購入ならそのお店に持っていけばスムーズにアフターサービスを受けられます。自転車の“主治医”を持つ感覚ですね」

疋田さんがこの日乗っていたのは、電動アシスト付きのクロスバイク。「クロスバイクのスポーティーなデザインに、電動アシスト機能が搭載された自転車です。ペダルを漕ぐ力を軽減することができ、特に坂道を昇るのがラクになるので、体力に自信のない人におすすめ」

購入時の心得をもう一つ教えてくれました。「クロスバイクには、通常ママチャリに標準装備されているパーツが備わっていないケースも多いので要注意」。クロスバイクを買う際は、以下のアイテムも必要に応じて別途購入しましょう。

警音器
自転車に乗る人が周囲へ危険を警告するためのベルやホーンのこと。道路交通法により装着が義務づけられています。
前照灯(ヘッドライト)
夜間走行時に自分が前方を見るため、そして、対向車や通行人から自分の存在に気づいてもらうためのライト。こちらも装着が義務づけられています。
尾灯(テールライト)
後続車からの追突を防ぐためライト。反射板は標準装備されていることが多いですが、尾灯をつけるとさらに安全。
前カゴ
クロスバイクに前傾姿勢で乗りながらリュックを背負うと、背中が疲れたり汗ばんだりするため、荷物は前カゴに入れるのがおすすめ。
盗難防止のため、なるべく2つ以上の鍵をつけましょう。ナンバーキーは破られやすいため、チェーンキーを推奨。
スタンド
自転車を立てるための器具。あったほうが便利ですが、「クロスバイクの見た目の美しさを損ねる」という考えで、あえてスタンドなしのまま乗る人も多いので、お好みで。
ヘルメット
装備品ではありませんが、重要なのでピックアップ。ヘルメットの装着は「罰則なしの努力義務」ですが、転倒時などの大怪我を防ぐため、是非とも装着を。
「レース用のヘルメットは流線型で派手なものが多いですが、街乗り用のヘルメットは丸みを帯びていて落ち着いたデザインなので普段着にも合います。ライトに関しては、夜間は前照灯を白色で『点灯』させるのが原則で、尾灯は赤色で『点滅』させるのがいいでしょう。前カゴはノートパソコンなどを収納できるサイズがおすすめです」

【自転車に乗る前の準備】

快適に走るために
意識したい3つのこと

続いては、自転車の設定やメンテナンスに関する基本的なアドバイス。クロスバイクにせよママチャリにせよ、以下の3つのポイントを意識するだけで、より快適な運転ができるそうです。

ポイント1 …タイヤに空気をしっかり入れる
「タイヤがカチカチになるまで空気を入れましょう。タイヤが硬い方が走行性能が高くなり、スピードが出やすくなるほか、パンクを防ぐこともできます。2ヶ月に一度は空気を入れましょう」
ポイント2 …チェーンに油を差す
「チェーンに油を差すと、走行が一気にスムーズになります。先端にノズルのついたスプレータイプの自転車専用油がおすすめ。チェーンケースがついたママチャリの場合は、ケースの隙間にノズルを差し込み、サドルを回しながら油を吹きかけます。こちらも2ヶ月に一度くらいの頻度で」
ポイント3 …サドルを「地面に爪先がギリギリ着く高さ」に調節する
「サドルに座ったとき、地面に両足がべったり着いちゃダメ。その高さだと、スムーズにペダルを漕げません。『両方の爪先が地面にギリギリ着くぐらいの高さ』にサドルを調節しましょう。ママチャリの場合も同様です」

ただし、前後に子供を乗せて走る電動アシスト自転車の場合は例外。安定感が何より大事なので、サドル位置を低く下げてもOKです。

左写真のように、サドルに座ったときに爪先立ちになるぐらいが理想の高さ。停車時は右写真のようにお尻をサドルの前に落とし、トップチューブをまたぐような体勢で立てばフラつきません。

以上3つを実行し、自転車の機能をフルに引き出しましょう。

【自転車の乗り方】

安全に楽しむために
知るべき交通ルール

自転車に交通ルールはあまり関係ないと思っていませんか? しかし道路交通法上、自転車はれっきとした「軽車両」に位置づけられています。そこで、疋田さんが最も重要だと考える3つのルールを紹介します。

ルール1 …自転車は「車道の左側」を通行する
「自転車は、歩道と車道の区別のある道路では『車道の左側』を通行することが定められています。『車道を走るなんて危ない』と感じる人もいるかもしれませんが、車道を走ることで、自動車のドライバーからしっかり認知してもらえるので、逆に安全と言えます」

歩道と車道の区別のない道路においても、自転車は「左側通行」が原則。その理由は下図をご覧あれ。

「AとBを比べた場合、車のドライバーから認識されやすいのはどちらでしょう? Aですよね。ドライバーは、Aの飛び出しには対処できますが、Bの飛び出しには対処できず、衝突する恐れが。実はこうした出会い頭の事故が全自転車事故の半数以上を占めているため、自転車は『左側通行』を厳守すべきなのです」
ルール2 …信号と道路標識を守る
「信号を守るのは当然として、道路標識を守ることも安全のために大事です。自転車に乗る人が最低限覚えておきたい標識は、赤い逆三角形の『止まれ』と、青丸の中に親子と自転車のシルエットが描かれた『自転車歩行者道』です。『止まれ』は、その交差点に入る前に一時停止をし、左右の安全確認をしてから進めという意味。『自転車歩行者道』は、その標識のある区間では、自転車が歩道を通ってもOKという意味です。ただし、自転車歩行者道では必ず徐行すること」
左が「止まれ」、右が「自転車歩行者道」の標識イメージ。「ちなみに自動車歩行者道内では、自転車は左右どちらでも走れる双方向通行となっています。自転車同士の正面衝突を避けるため、そして人との接触を避けるため、いつでもすぐに止まれる低速で走りましょう」
ルール3 …飲酒運転をしない
「お酒を飲んだら自転車に乗ってはいけません。道路交通法によると、自転車で酒酔い運転をした場合の罰則は『5年以下の懲役または100万円以下の罰金』となっています」

警察庁の資料によれば、自転車の飲酒運転による検挙件数は毎年100件以上発生しているため、「自転車だから大丈夫」とタカをくくらないこと。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」を自転車でも徹底しましょう。

「毎日乗るぞ!」と力まない
気楽に楽しむのが長続きのコツ

最後に疋田さんより、これから自転車ライフを始める人へ、まとめとなるアドバイスです。

「基本は、無理をしないこと。最初のうちは『痩せるため』とか『密を避けるため』と張り切って、雨の日も自転車で行こうとしがちですけど、そんなに無理をしなくて大丈夫。天気や気分がよい日だけ自転車に乗ればOKです。そうすると、『あれ?なんだか今日は体調がいいぞ』『仕事もはかどるな』『夜もすっきり眠れるな』といった感覚を味わえます。そういう心地いい経験を積み重ねていけば、いつの間にかあなたも『自転車人』になっているはずですよ」

今回教わった基本を踏まえつつ、無理せず安全第一で自転車ライフを楽しみましょう!

今の季節は自転車デビューにぴったり。あなたも自転車に乗って、初夏の心地よい風を感じてみませんか?

INFORMATION

疋田智
自転車評論家。毎日12kmの通勤に自転車を使う“自転車ツーキニスト”として、健康や環境問題などを意識した交通施策を論ずる傍ら、大学や専門学校の講師も務める。メールマガジン「週刊自転車ツーキニスト」は2006年の“メルマ!ガオブザイヤー”総合大賞を受賞。『自転車ツーキニスト』(光文社)、『ものぐさ自転車の悦楽』(マガジンハウス)など自転車に関する著書多数。
URL/https://hikitabike.com/

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