“からだ”をつかう。<連載>

年齢も運動能力も関係なし!
今すぐできる、簡単「太極拳」

撮影/菅原景子 取材・文/岡林敬太 
イラスト/蔵元あかり(Roaster)

太極拳の動作をする楊玲奈さん

なんとなくやる気が出なかったり、体調が優れなかったり…。いわゆる“五月病”の状態に陥りがちなこの季節。そんなときは、心身を整えるエクササイズ、「太極拳」をはじめてみませんか? 太極拳ならではの動作と呼吸法を日常的に実践すれば、体の調子がよくなるだけでなく、心が落ち着く効果もあるそうです。天候がよい今の季節は、屋外で行うのにもぴったり。スポーツが苦手な人でも気軽に取り組めるので、さっそく挑戦してみましょう!

人と比べず、人と競わず。
大切なのは「自分の心身の安定」

まずは簡単に、太極拳の歴史と特長を学びましょう。解説してくれるのは、「楊名時太極拳」の師範である楊玲奈さんです。楊玲奈さんは、日本に太極拳を広めた祖父・楊名時さん、母・楊慧さんのもと、幼い頃から太極拳に親しんで育ったそう。

「太極拳は中国に古来より伝わる武術の一種ですが、習得の難しいものとされていました。ですが、清代末期に健康増進と精神修養に重点を置いて改良され、運動として広まっていきました。それが現在の太極拳のルーツとなっています。そして1956年、中国政府が複数の流派の代表的な型を統合して24の型に編成し、誰でも簡単に習得できる太極拳を制定しました。これを『24式太極拳』と呼びます」

今回の記事で紹介するのは、「24式太極拳」をベースとしてできた「楊名時太極拳」になります。

「一般的なスポーツは加齢とともに体力が衰えて継続が難しくなりますが、動きのゆるやかな太極拳は何歳からでもはじめられて、何歳まででも続けられるのが特長です。強さや速さや上手さを競うものではなく、『自分の心身をいかに安定させるか』を追求するものなので、運動嫌いな方でも、高齢の方でも、妊婦の方でも無理なく楽しめます。また、体をまんべんなく動かしているのに、終わったあとの呼吸が整っているため、すぐ日常生活に戻れるのも他のスポーツにはない長所です」

微笑む楊玲奈さん
日本で最も早い時期から普及した太極拳が、楊名時太極拳。太極拳の24の動作をゆっくり、無理なく行うことが特徴です。その次世代を担う指導者として活躍中の楊玲奈さん。テレビや雑誌などメディア出演を通じて太極拳の普及に取り組んでいます。

ストレスが軽減されて
肩こりや美肌にも好影響

健康増進を目的に発展を遂げた太極拳。実践すると、どのような効果があるのでしょうか? まずは精神面から。

「太極拳はゆっくり丁寧に動きます。そうすると自ずと呼吸が穏やかになるため、副交感神経が刺激され、心理的ストレスが抑えられると言われています」

体にも数々の好影響があるそう。

「呼吸が穏やかになると、免疫の働きがよくなるというエビデンスがあります。また、左右のバランスを取りながら動くため、体幹が安定して姿勢がよくなるほか、中腰で動く場面も多いため、足腰のエクササイズにも効果的です」

さらに、全身の筋肉や関節を伸縮する運動により、血流と新陳代謝が活発になり、肩こりや腰痛の軽減、美肌づくりや便秘解消、冷え症の改善などの効果も期待できるそうです。

太極拳の動作をする女性のイラスト

太極拳を行う際に重視したいのは、「心・息・動」の調和だそう。それぞれの意味を解説してもらいます。

心(シン)
「太極拳を行う際は、自分の内面にゆとりを感じられるような、穏やかな心を保ちましょう。様々なこだわりから解放され、何事も柔軟に受け止められる心の状態を理想とします」
息(ソク)
「深く穏やかな腹式呼吸が理想です。口呼吸は呼吸が浅くなってしまうので、なるべく鼻呼吸を取り入れましょう。『鼻から吸って、鼻から吐く』のが、安静な呼吸を持続するコツ。吐く際に『細く長く吐く』ことを心がけると、次の息がスッと自然に入ってきます」
動(ドウ)
「心と呼吸にゆとりがあれば、体の状態も柔らかくなり、鶴のようなしなやかな動きを実現できるようになります。そうした体を維持すれば、よく食べ、よく寝て、よく動く、健康な毎日を送ることができます」

心・息・動はそれぞれ、密接に支え合う関係だと言います。

「不安なことがあったりすると、体も緊張し、呼吸も浅くなりますが、そんなときは太極拳でゆっくり動いてみましょう。動作に集中すると呼吸が自ずと安静になり、その結果、囚われていたことから解放され、気持ちがラクになることも。そうしたやり方で、心・息・動の調和を深めていきましょう」

太極拳を行う前に
やっておきたい2つの準備

太極拳を行う前に、2つの準備をしましょう。気持ちと呼吸を整える「立禅(リツゼン)」と、準備運動の「甩手(スワイショウ)」です。自分の体を両足で支える感覚を養うため、屋内ではなるべく裸足で、屋外ではなるべく底の薄い靴を履いて実践してみましょう。服装は動きやすければ何でもOKです。

立禅(リツゼン)で、
気持ちと呼吸を整える

太極拳を行う前に、立禅で心を鎮め、
精神統一を図ります。

1、2の動作をする様子
  1. 1 背筋を伸ばし、両足をそろえて立ち、手の平を後ろ向きにした状態で手を自然に下ろします。
  2. 2 左足を外側にズラして肩幅程度に開いたら、肩の力を抜き、ヒザを軽く曲げた状態で立ちます。重心は両足均等に。この立ち方を「自然立ち」と呼び、太極拳のはじめと終わりの基本姿勢となります。自然立ちのまま目を瞑り、鼻からゆっくり息を吐き、気持ちが落ち着くまで深呼吸を繰り返します。大地の気を吸い、それを体の隅々まで行き渡らせるイメージで呼吸をすると心が落ち着きます。立禅を終えるときには徐々に普段の呼吸に戻し、ゆっくり目を開けましょう。

甩手(スワイショウ)で準備運動

立禅で心の準備ができたら、
甩手で体をほぐします。

1、2、3の動作をする様子
  1. 1 立禅の自然立ちからスタート。
  2. 2 心のわだかまりを投げるようなイメージで、左右交互に上半身を回します。肩も手もダランと脱力した状態で、腰を軸に回転。背後に回った手で背中を叩いたら逆方向へターンします。回転時にカカトが浮くと重心が逃げてしまうため、常に両カカトを地面に密着させましょう。
  3. 3 手が後ろに回った際は、目線も後ろに向けること。最初はゆっくりで、徐々にスピードアップしてリズミカルに回転を。左右で計20〜30回程度やったらOK。徐々に速度を落とし、動きを小さくしていきながら終わります。甩手を行うと全身の筋肉がほぐれ、血行がよくなります。

POINT!
呼吸の方法

前述した通り、動作中はなるべく鼻を使って呼吸をすること(花粉症などで鼻が詰まっている場合は口呼吸でもOK)。深くゆっくり呼吸しましょう。「吸う・吐く」に合計20〜25秒ほどかけるのが理想ですが、はじめは時間にこだわらず、細く長い呼吸を心がけてみましょう。吐くときは吸うときの倍以上の時間をかけるのがポイント。ゆっくり細く息を吐くと、自然と次の吸う息が入ってきます。慣れてくると吐く息は吸う息より長く、ひと息で20秒ほどの深い呼吸ができるようにもなっていきます。

立禅と甩手で心と体の準備が整ったら、次は太極拳の動作に入ります。

いよいよ太極拳に挑戦!
写真を見ながら真似してみよう

ここからは太極拳の実践編。今回は24式のうち、初心者でも取り組みやすい動作を3つ教えてもらいます。どれか1つをやるもよし、3つ続けてやるもよし。朝昼晩、タイミングはいつでもOKなので、なるべく毎日行うことを習慣化しましょう。

十字手(シーズーショウ)

十字手は太極拳の導入となる動き。両手を頭上でクロスし、呼吸を整えます。深呼吸で心を落ち着かせる目的もあります。1から4までを40秒ほどかけてゆっくり行いましょう。

1、2、3、4の動作をする様子
  1. 1 立禅の自然立ちからスタート。
  2. 2 大きく息を吸いながら、両手を横に広げて上げていき、頭上で右手が前側になるように交差させます。この際、背筋と首筋はしっかり伸ばし、手は脱力した状態で開くこと。
  3. 3 ゆっくり息を吐きながら、交差させた両手を胸の位置まで下げます。
  4. 4 そこから両手を離し、徐々に1の状態に戻ります。

「十字手」を座って行うなら…

座りながら十字手の1、2、3、4の動作をする様子

十字手や、次に紹介する「起勢(チーシー)」は、デスクワークの合間などに座った状態でも行えます。その際も、両カカトをしっかり地面に着けることを忘れずに。

起勢(チーシー)

起勢は、「手を上げるときに息を吸い、下げるときに息を吐く」という太極拳の呼吸法の基本を習得しやすい動きです。1から3までを10秒ほどかけて行いましょう。

1、2、3の動作をする様子
  1. 1 立禅の自然立ちからスタート。
  2. 2 ゆっくり息を吸いながら、両手の平を下に向けたまま腕を前に出し、肩の高さまで上げます。吸う息で腕を引き上げるようなイメージが大事。この際、ヒジやヒザはピンと伸ばさず、軽くゆるめておきます。
  3. 3 ゆっくり息を吐きながら、両手を胸の高さまで下ろし、同時に両ヒザをゆるめて腰を落とします。腰は背筋を伸ばしたまま落とし、お尻が突き出ないようにしましょう。

単鞭(ダンビエン)

単鞭は、腕全体をムチのようにしならせながら優雅に動きます。体の動きを促すように、視線を右から左へ流し、しなやかに上肢を運ぶのがポイント。1から4までを20秒ほどかけて行います。

1、2、3、4の動作をする様子
  1. 1 自然立ちからスタート。
  2. 2 右手を肩の高さで鉤手(かぎのて)にし、視線も鉤手の方を見ます。鉤手は、スカーフをつまんだような手の形で、指先はそろえて下に向けます。左手は内側に向けて右胸の前にゆったりと寄せ、右足に重心を預けて左足はカカトを浮かせます。
  3. 3 視線と上体をゆっくり左に回しながら、左足を踏み出し、カカトから着地します。腰や肩の力を抜いて、しなやかに動きましょう。
  4. 4 ゆっくり息を吐きながら左手を前へ伸ばし、左足のつま先を下ろし、重心を左足に移します。左手は顔の前で返して押し出し、右手は肩の高さで横へ伸ばします。目線は左手に。両ヒジを伸ばしすぎないようにしましょう。

ここで紹介したのは太極拳のほんの一部です。24式すべてを15分ほどかけて通しで行うと、より効果が出るので、興味のある方は楊さんのDVD付きの著書などを見ながらチャレンジしてみてください。

毎日5分の習慣が
心と体を変えてくれる

実践してみていかがだったでしょうか? 初心者はぎこちなくて当たり前。太極拳の動作と呼吸は、毎日継続することによって次第に身についてくるそうです。

「最初のうちは動きの正確さや呼吸のタイミングにあまりこだわらず、ゆっくり動くもどかしさや、簡単そうに見えて難しいことを面白がりながら取り組んでみてください。楽しむことが長続きのコツです。動きや呼吸に慣れてきて、感性が豊かになってくると、きっと毎日のように新たな気づきがあるはず。『昨日できなかったことが今日できるようになった』『昨日に比べて気持ちがちょっとラクになった』といった具合に、自分の成長や変化を感じ取れるようになると、続けるのがますます楽しくなりますよ」

太極拳はゆるやかさが肝なので、早回しの動作で済まそうとしないこと。毎日5分程度でOKなので、暇な時間を見つけたら、好きな動作にじっくり集中し、ゆっくり息を吐いてみる。それが心身の健康を保つ秘訣です。今日からさっそくはじめてみましょう。

インタビューを受ける楊玲奈さん

INFORMATION

楊玲奈
楊名時太極拳師範。日本に太極拳を広めた祖父・楊名時、母・楊慧のもと、幼い頃から太極拳に親しんで育つ。太極拳の楽しさを世界に伝えるため、自身のクラスやメディアを通じて精力的に活動中。また、太極拳がもたらす心身の健康効果について研究も行っている。『DVD見ながらできる!はじめての太極拳入門(西東社)』『6つの動きだけで!「若返る」健康太極拳(講談社)』などで太極拳実技を担当。
URL/http://reina-yo.com/

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