黒豆
「黒豆には、『まめに働く』『まめに暮らす』という意味があり、『無病息災』の願いが込められています。黒豆は、タンパク質が豊富で、かつ抗酸化作用の高いアントシアニンも多い食材なのでアンチエイジングに効果的。薬膳でも、“腎”が弱りがちな冬に黒いものを食べるといいと言われており、黒豆はまさにそのひとつです」
おいしく“たべる”。<連載>
撮影/菅原景子 取材・文/高野瞳
年末年始の行事料理の一つである「おせち」。そもそも、おせちはなぜ食べられるのか知っていますか? 実は、それぞれの料理に込められた願いがあり、きちんと意味があって食べられているんです。今回は薬膳にも精通する料理家・井澤由美子さんに、おせちの起源やそれぞれの料理に込められた意味、また、おせちを作ってみたいけれど、時間がないという方のために、この3品を食べるだけでお正月を迎えたとされる「三つ肴」のレシピを教えていただきました。重箱がなくても楽しめるワンプレートおせちの盛り付け方も要チェック!
お正月の食卓に並ぶおせち料理。その語源は、「節句」に由来しています。節句とは、3月3日は「上巳の節句(桃の節句)」、5月5日は「端午の節句(菖蒲の節句)」といったように、季節の節目になる日のこと。もともと中国から伝わり、日本の文化や風習の中で少しずつ変化して年中行事として現代に受け継がれています。
「お正月も節句のひとつです。おせちは、1年のはじまりに家族の健康と繁栄を願いながら、新年を祝う料理なので、『節句』に『お』をつけたところからはじまり、『おせち』と呼ばれるようになったと言われています。最近はおせち離れが進んでいると言われますが、おせちには旬の食材が詰まっていて、それぞれの料理に願いも込められています。食べることにとても意味のあるものなんですよ」と井澤さん。
数の子や栗きんとん、伊達巻きなど、いろいろな種類があるおせち料理。「ひとつ一つの食材に食べることへの願いが込められています。おいしさはもちろん、その意味を知るとおせちをもっと楽しめるはず! 1年のはじめの験担ぎに、そんな願いも一緒に味わいましょう」
「黒豆には、『まめに働く』『まめに暮らす』という意味があり、『無病息災』の願いが込められています。黒豆は、タンパク質が豊富で、かつ抗酸化作用の高いアントシアニンも多い食材なのでアンチエイジングに効果的。薬膳でも、“腎”が弱りがちな冬に黒いものを食べるといいと言われており、黒豆はまさにそのひとつです」
「数の子は、にしんの魚卵。『二親(にしん)』という語呂合わせから、『二親健在』『子孫繁栄』を願って食べられます。黄色いダイヤモンドと呼ばれ、金運アップの縁起物としても。ビタミンやEPA、DHAも豊富で、美容にもうれしい食べ物です。最近は、市販の出汁漬けなどもあるので手軽に取り入れられるようになりましたね」
「昔、小いわしを田んぼの肥料にしたら大豊作になったことから、“田を作る”という意味で名付けられた田作り。『五穀豊穣』を願う縁起物として食べられています。田作りには煮干しではなく、ごまめを使います。煮干しとごまめの違いは、目の色。ごまめは生のまま乾燥させているので、目が黒いのが目印です」
「ごぼうは、地面深く根を張ることから、家業が堅固になり、元気で長生きできる願いが込められた『家内安全』『長寿祈願』の縁起物です。不溶性植物繊維が豊富で、腸内環境を改善してくれます。茹でたごぼうを叩いて繊維をほぐし、ごまと合わせるので食べやすさと滋養がアップ。とくに関西のおせちで食べられる料理です」
「漢字で書くと『金団(きんとん)』。金色の財宝のような見た目で、『商売繁盛』など豊かな暮らしを願って食べられます。栗で作るのが基本ですが、さつまいもやかぼちゃで作ったり、マーマレードや林檎などのフルーツを少し加えてアレンジして楽しんでも。写真のきんとんは、水で濡らしたキッチンペーパーで簡単茶巾絞りにしています」
「『海のお爺さん』と呼ばれている海老。腰が曲がっても元気に過ごせるという意味で、『長寿祈願』の意味があります。また赤いものは縁起が良く、中国などでは、魔除けにもなると言い伝えられています。海老は、良質なタンパク質で体を冷やさない海鮮で、赤い色素のアスタキサンチンは美容効果も高いです」
「華やかさや派手さを意味する『伊達』。金色でおしゃれな見た目を表します。形が書物の巻き物に似ていることから、『学問成就』を願った縁起物としても食べられます。魚のすり身を使いますが、卵白や山芋が混ざっている市販のはんぺんで作ると簡単。卵と砂糖を加えるだけでふっくらとした伊達巻になりますよ」
「細切りにした大根とにんじんで、お祝いの水引をイメージしていると言われる紅白なますは、『平安・安泰』の願いが込められています。また、肝機能をサポートしてくれる酢の物は、食べすぎ飲みすぎに陥りがちなお正月にぴったり! 風邪予防や疲労回復効果も期待できます」
「昔は冷蔵庫がなかったので、おせちは甘く煮て保存性を高めていました。現代は冷蔵庫があるので、好きな味にアレンジしても良いです。おせちの伝統的な部分も取り入れつつ、ご自分の口に合う味付けでおいしく食べて、おせちをより楽しんでください」と井澤さん。
「例えば、日持ちもするし、調理が簡単なのに豪華な見た目のローストビーフは、近年おせち料理でよく見かけるようになりました。縁起物ではありませんが、イギリスの伝統料理で、おめでたい席の定番。数日間かけて、家族みんなで食べるという点は、おせちにも通ずるものがありますね。また、田作りに使うごまをミックスナッツに、みりんをメープルシロップに代えてみたり、栗きんとんにはジャムやコンポート、果物を加えたりと、おせちの食材を土台にし、好きな食材やスパイスをプラスして自由に味付けしてOK。“食べる意味”を大切にしていただけたら、それだけで素晴らしいおせちになると思います」
「日持ちする料理が多いのもおせちの特徴ですが、保存は冷蔵庫で。重箱に詰める時は、熱いままではなくしっかり冷ましておくのも基本。汁気もしっかり切っておくと味が混ざりませんよ。栗きんとんはサンドイッチに、黒豆はパウンドケーキに、数の子は天ぷらやポテトサラダにと、余ったらアレンジしやすい料理が多いのもおせちの良いところ」
一人暮らしや家族だけで過ごすお正月には、豪華絢爛な重箱おせちはハードルが高い……。そんな時は、いつもの器に盛るだけで、お正月気分が味わえるワンプレートおせちがおすすめ。小皿やゆず釜、飾りものなどを使えば、華やかなお祝いのひと皿になります。盛りつけの簡単なコツや器に合わせたアレンジ法を井澤さんに教えてもらいました。
盛り付けアドバイス1
「まず、大きな料理で核をつくる」
「まず大きく高さのある料理を中心より少しずらして置き、そのお皿の中心=“核”を作ります。この核を軸にして、何をどこに置くか想定して盛り付けていくとスムーズですよ。また、おせちは縁起の良い『奇数』で盛り付けるのが基本。品数は奇数で、各料理を人数分盛り付けます」
盛り付けアドバイス2
「料理の位置や余白を意識して」
「重箱でもお皿でも、ぎゅうぎゅうに詰めるより適度に余白を保ちながら、高さを出してひとつ一つ盛り付けると、取りやすさと優雅な雰囲気を兼ね備えた一皿になります。絶対ではありませんが、赤いものを右上に置くと映えるので覚えておくといいでしょう。同じ色が隣同士にならないように、離して盛り付けると華やかさがぐんと上がりますよ」
盛り付けアドバイス3
「飾りものでおせちに彩りを」
「飾りものを上手に使って、おせちに彩りを添えましょう。抗菌作用のある笹、縁起物の南天、千両、万両、菊の花、松などを使うと、一気にお正月らしい表情に。料理の下に敷くと料理を引き立ててくれるし、同じ色の料理が並ぶ時の仕切りに使えば、メリハリが出て締まります」
「お弁当箱も重箱のひとつのようなものですよ」と話す井澤さん。「普段使っているひとり分のお弁当箱に詰めてみると、ひと味違ったおせちが楽しめます。特に、曲げわっぱはおせち料理との相性が良く、雰囲気を演出するにはぴったり。出来合いのものでも、詰め替えて盛り付けるだけで気分が上がるので、おすすめです!」
おせちを作ってみたいけれど、たくさんの種類を作るのはハードルが高い……という方は、まずは「三つ肴」に挑戦してみましょう。「『黒豆』『数の子』『田作り』の3品は、まとめて『三つ肴(みつざかな)』といいます。 “祝い肴”とも呼ばれていて、この3品を食べることで、お正月を立派に迎えたことになるそう。「作り方も簡単なので、3品だけ作って、あとは好きなおせち料理を出来合いのものでそろえても良いのではないでしょうか」。そんな「三つ肴」の簡単でおいしい作り方を教えてもらいました。
黒豆(150g)、水(900㎖〜1ℓ)、グラニュー糖(1カップ)、しょうゆ(大さじ1と1/2〜2)
塩数の子(中6〜7本)、水(2と1/2カップ)、塩(小さじ1/2)、漬け汁【だし汁(2と1/2カップ)、酒(1/4カップ)、薄口しょうゆ(またはしょうゆ、大さじ1)、削り節(半カップ分)】
ごまめ(30g)、ミックスナッツ(大さじ4〜5、味つけされていないもの)、しょうゆ(大さじ2)、酒(大さじ2)、メープルシロップ(大さじ2)、サラダ油(少量)
「おせちは、おいしくて体にも良い、冬に食べたい旬の食材が詰まっています。旬の食材というのは、出回る期間が1〜3ヶ月で、その間に食べることで、体調を整えてくれる栄養素が含まれているもの。薬膳では、『旬の食材を食べると薬になる』という考え方があり、旬の食材が詰まったおせちは、冬の体を養生する目的もあるといいます」
「冬になると肌が乾燥しますが、実は腸も乾燥します。そんな季節には、さつまいもや里芋など体を温めながら食物繊維も豊富な食材を摂ることで腸が潤います。他にも、かぶや大根は、喉に良く胃腸を整えてくれる作用も。これらの旬食材は、その時期に起こりやすい不調をしっかりとケアしてくれる栄養素をもっているんですね。こうやって体を労ることは、心を労わることにもつながります。薬膳などの東洋医学は、体だけでなく心も整えくれるのが魅力。おせちもその1つで、薬膳の観点から考えてもとても優れています。ぜひ旬を味わいながら、心身ともに健やかな新年をお迎えください」
井澤由美子
料理家・調理師・国際中医師・国際中医薬膳師。海外の人気ライフスタイル誌の料理制作部を経て独立。姉妹で営む飲食店は今年で38年目になる。「心に通ずるものは胃を通る」をモットーに、旬の食材の効能と素材の味を生かしたシンプルな料理を提案。発酵食、中医学や薬膳にも造詣が深い。NHK『きょうの料理』『あさイチ』といったテレビ番組の他、企業広告、講演などでも活躍中。近著に『まいにち食薬養生帖 365日の食が心とからだの薬になる』(リトルモア)、『簡単なのにきちんと作れるおせち料理』(成美堂出版)などがある。
URL/http://yumikoizawa138.jp/
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