“きもち”をたかめる。<連載>

焚火カフェから学ぶ
「サボり」の哲学

撮影/栗原大輔[Roaster] 取材・文/山下俊太[Roaster]

皆さんは「焚火カフェ」というものをご存知ですか。神奈川県・三浦半島の海岸で焚き火を囲み、コーヒーを飲んだり、夕焼けを眺めながらゆったり時間を過ごすという、知る人ぞ知る“サボり”アクティビティなんです。今回は焚火カフェを主催し、アウトドアライフアドバイザーとして活動する寒川 一(さんがわ はじめ)さんの元へ。 “サボり”の哲学や、せわしない日々の中でも上手に息抜きをするためのコツについてお話ししていただきました。

アウトドア歴40年!
サボりのプロがたどり着いた境地

まず始めに「アウトドアライフアドバイザー」としてどういった活動をしているのですか? 聞きなれない肩書きですが……。

寒川さん 実はこの「アウトドアライフアドバイザー」というのは僕が考案して、勝手に名乗っている肩書きなんです(笑)。アウトドアを続けて40年以上。中学生の時に自転車で遠出したのをきっかけに焚き火やキャンプを始めて、その魅力にすっかり取り憑かれてしまいました。ただし、ここで言うアウトドアというのは、例えばロッククライミングのような欧米で盛んなスポーツとしてのものではありません。主に北欧の人々が、厳しい自然環境に囲まれた中で積み上げてきた“生きるための知恵”としてのアウトドアです。ですので単なる「アウトドアアドバイザー」ではなく「アウトドアライフアドバイザー」。10年ほど前から、焚火カフェや防災キャンプなどを通してアウトドアの魅力を伝えています。

なるほど、スポーツというよりライフスタイルのアドバイザーなんですね。それまではどんなお仕事をされていたのでしょうか。

寒川さん 玩具メーカーに約10年勤務していました。実はその間での経験こそが、焚火カフェの原点。入社2年目のある日、会社をサボっちゃったんですよ(笑)。その日、最寄り駅のホームで電車を待っていると、反対側で釣り道具やゴザを持っている人たちが目に入りました。明らかに遊びに行く格好で楽しそうにしている彼らと、かたやスーツ姿の僕。同じホームなのに、どうしてこんなに違うんだろうと考えているうちに、気づけば会社と逆方向の電車に乗ってしまっていたんです。結果、海を眺めたり海岸を歩いて1日を過ごして、無断欠勤してしまいました。

それは大胆なサボりですね! 次の日からどうされたんですか?

寒川さん 翌日は出社したんですが、顔が日に焼けて言い逃れできないと思い正直に話しました。もちろん上司からの説教はありましたが、堂々とサボった僕への驚きの方が大きかったようで、部署全体が「たまには寒川みたいに肩の力を抜くことも大事なのかも」という不思議な雰囲気に。その経験から“サボり”をサービスとして提供できる場があればなと思うようになりました。焚火カフェもその一環です。

実際の焚火カフェの様子。夕方ごろにムードが最高潮に

寒川さん ひと言で言えば「何もしない」んですよね(笑)。海岸で火を焚いて、ゆっくり流れていく時間の中にじっと身を置くだけ。ただワークショップ形式なので、火起こしやコーヒーの焙煎などはお客様にも実践してもらいます。今回は焚火カフェの魅力をちょっとだけご紹介します。

ライターを使わないサバイバルな火の起こし方
  1. ① ナイフを使って、薪を薄く細くカールするように削り、先端から少し手前で止める。これを繰り返し、フェザー(羽)のように仕立てます。薪は基本的に、海岸の流木を使用します。
  2. ② ①で作ったものをフェザースティックと呼びます。3〜4 本用意して、焚き火台の上に並べます。
  3. ③ シラカバなどの燃えやすい木の皮の表面をナイフの刃で擦って毛羽立たせます。それに、メタルマッチとナイフを使って点火。メタルマッチとは可燃性の高い金属を使って火を起こす道具です。
  4. ④ 作った火種でフェザースティックを焚きつけます。
焚火カフェでは、焚いた火でホットサンドを作ることも。

案外あっさり火がつくものなんですね。

寒川さん あらかじめ薪の用意や焚き火台のセッティングといった準備をしているので、慣れれば時間はあまりかかりません。でも、初心者のお客様にはナイフの使い方から教えたり、フェザースティックが上手に作れていないと、火がつくのにも少し時間がかかります。それでも時間は十分に取っているので、焦らずゆっくりと手順に沿って、発見や学びを得てもらいたいですね。また、木の種類によって硬さも違えば、燃やした時の香りも違うので、そのバリエーションも見どころの一つ。たまに、お気に入りの薪を持ち込むマニアックなお客様もいます(笑)。焚き火はこれで完成ですが、本番はむしろここから!この火を使ってコーヒーを淹れたり、ホットサンドや焼きリンゴを作ったりして、存分にサボってもらいます。

せわしない日常を“サボる”
焚き火が教えてくれたこと

焚火カフェは三浦半島で行っているとのことですが、具体的にはどうやって参加するのでしょうか。

寒川さん 基本的には年中開催していて、SNSから予約を承っています。1日1組限定で、グループの目安は2~4人。雨天ですと残念ながら中止となります。詳しい場所は当日に決定。天気予報を確認しながら、その日のコンディションに応じて一番気持ちよく焚き火できそうなビーチを選んでいます。夕暮れも見どころですので開始時間も季節によって調節し、夏だと午後4時、冬だと午後3時から始めますね。

焚き火でコーヒーの入ったケトルを熱する

自分が起こした火でコーヒーやホットサンドを作るなんて体験、なかなかできないですよね。

寒川さん お客様にも好評です。と同時に、日本は便利なもので溢れていることも実感するようです。インスタントコーヒーも便利だけど、北欧では火起こしや待っている時間、コーヒーを飲むまでの過程まで味わう。アウトドアが生活に密着しているスウェーデンやフィンランドには「フィーカ」という、ほかのことは一切何もしないでコーヒータイムだけに集中する文化もあるほど。サボり大国なんですよ。

コーヒー一杯にも、じっくり時間をかけるのが北欧スタイル

コーヒーを飲むことだけに集中する時間、すてきですね! ところで「サボる」と聞くと、なんだか、後ろめたいイメージがありますが……。

寒川さん その通りです。でも僕は後ろめたさも含めて、“サボり”の魅力だと思っています。日常で考えることやするべきことはたくさんあるけど、全部忘れ去って“サボる”。つまり、非日常への逃避なんです。アウトドアと聞くと「動」のイメージが強いと思いますが、僕が提唱している“サボり”に結びつくのは「静」のアウトドア。静かな非日常と忙しい日常を繰り返す中でバランスをとって、心身の余裕を保つことが豊かな人生を送るコツなんじゃないでしょうか。そもそも「火遊び」という言葉があるように火は本来、危ないもの。背徳感のあるこれらが組み合わさった焚き火を、浜辺でひっそりやることにこそ意味があるんです。火の揺らめきや、聞こえてくる波の音には鎮静効果があるとされています。また、マジックアワーの夕焼けだけでなく、冬にはきれいな星空が見られることもあリます。都内からのアクセスも程よく、これほど自然を感じられる三浦半島は“サボり”にうってつけ。

“サボり”たくなったら
焚火カフェに来てください

寒川さん “サボり”というのは非日常。日ごろ頑張っている中で、たまにやるからこそ成り立つものなんです。サボり方は何でもいい。ハンモックで昼寝するのもいいし、夜の山で望遠鏡を構えて天体観測をするのもいいです。じっと過ごしていると、時間がとても長く感じられ、普段の自分がどれほどせわしなく動いているかが実感できます。非日常で上手に息抜きができれば、また日常に戻って頑張るための力になる。焚火カフェでは、そうした「サボり方のコツ」を伝えられればと思っています。
参加者はさまざまで、アウトドアにあまりなじみのない女性グループや、ご夫婦、カップルでいらっしゃる方もいて「苦労して火起こしした分、コーヒーのおいしさが格別」「引き込まれるように焚き火に見入ってしまって、時間を忘れてゆっくり語り合える」といったお声が。そして、焚き火が燃え尽きるころにはすっかりリラックスして、焦りから解放されたような穏やかな表情で帰っていかれます。ふと日常に余裕がなくなってきたなと思ったら、僕の元を訪ねて来てください。焚き火を見つめながら、時間を忘れて一緒にサボりましょう。

INFORMATION

寒川一
アウトドアライフアドバイザー。三浦半島を拠点に焚火カフェやバックカントリーツアー、防災キャンプなどを通して、アウトドアの魅力を広めている。鎌倉にあるアウトドアショップ「UPI OUTDOOR PRODUCTS」のアドバイザーとしても活動。

焚火カフェの予約はこちらから。

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