“きもち”をたかめる。<連載>

“幸せホルモン”セロトニンで
心も身体もスッキリ目覚める!

撮影/栗原大輔[Roaster] 取材・文/井口啓子 モデル/motoko

“幸せホルモン”としてメディアなどでもよく耳にするようになった「セロトニン」。心のバランスを整えてくれる脳内物質のひとつで、心と身体を安定させ、幸せを感じやすくする働きを持つと言います。しっかり分泌されていると、ポジティブな気持ちが沸き上がって活動的になるうえに、アンチエイジングや直感力を高める効果も!

そんな健康と幸福のキーを握るセロトニンが、実は日々のちょっとした心がけで増やせるらしいのです。活性化のためのメソッドを、セロトニン研究の第一人者として著名な東邦大学名誉教授の有田秀穂(ありた・ひでほ)先生にお伺いしました。

神経の安定に深く関わる
脳内物質・セロトニンとは?

セロトニン研究といえばこの方、各界で注目を集める、医師で脳生理学者の有田秀穂先生。御歳71歳ながら、お肌ツヤツヤ・背筋もシャッキリ、とっても朗らかなのはセロトニン効果?

「セロトニン」という言葉をよく聞きますが、具体的にはどのようなものなのでしょう?

セロトニンは脳内で働く神経伝達物質のひとつで、感情のコントロール、神経の安定に深く関わっています。その働きは主に5つあって、まず第1は【大脳に働きかけて覚醒の状態を調整する】。実は朝起きて頭がすっきりしていく状況はセロトニンによって起こるもので、目覚めが悪くいつまでも頭がボーッとしている人は、セロトニンが不足している可能性があります。そして第2は【心の領域に働きかけて意欲を促す】。大脳の内側に大脳辺縁系という、意欲や心のバランスに関わる領域があって、そこにセロトニンが分泌されるとポジティブな気持ちがわき起こり、逆に分泌されない場合はネガティブな感情になります。

ポジティブ・ネガティブというのは心の問題だと思っていたのですが、脳の働きも関係しているのですね!

そうなんです。第3は【自律神経への働きかけ】。自律神経は、夜寝ているときは副交感神経が優位な状態なんですが、朝目覚めてセロトニンが分泌されると、交感神経が優位に切り替わって、血圧や代謝が上がるなど身体が活動に適した状態になります。しかしセロトニンが分泌されなければ、身体がいつまでもだるい状態に。そして第4は【姿勢筋への働きかけ】。起床すると目がパッチリして背筋が伸びるのもセロトニンのおかげ。不足すると、背中が丸まったり、どんよりした表情になってしまいます。最後が【痛みのコントロール】。セロトニンには痛みの感覚を抑制する働きがあるので、欠乏すると些細なことで痛みを感じやすくなるんですよ。

どれも身に覚えがあるような…。漠然と「調子が悪い」と思っていたことが、実はセロトニン不足によるものだったのかもしれません。 

セロトニンは元気を心と身体に与えてくれる、体内で作られる“特効薬”なんです。不足すると、先ほど話したような脳機能の低下からさまざまな不調が現れて、心のバランスを保つことが難しくなります。逆に適切な量が出ていると、頭が覚醒して、心のバランスも取れ、自然に物事に対する意欲が出てきます。自律神経の調節が良くなると、血色がよくなって、不定愁訴(原因のわからない体調不良全般)もなくなります。セロトニンがちゃんと出ているかどうかは外見ですぐわかりますよ。目がぱっちりしてくるし、姿勢筋や抗重力筋にも働くので、顔も引き締まり、背筋も伸びる。年齢関係なく若々しく輝いて見えるんです。

それはすごい。セロトニンは皆同じように分泌されるものなのでしょうか? 

本来は誰もが、起きている間はずっと一定量を分泌しているもので、年齢を重ねるとともに減ってはきますが、老化よりはむしろ、普段の生活をどう過ごしているかが重要。セロトニンが不足する原因はいろいろありますが、一番の敵はやっぱりストレス。ストレスを感じると、どんな人でもセロトニンの分泌は悪くなります。ただ、ストレス自体は完全に取り除くことは難しいものなので、普段からセロトニンがしっかり出る生活をすることが大切です。僕が主宰している「セロトニンDojo」では、薬を使わない自然な方法でセロトニンが増えるような生活習慣を指導しています。

有田先生が手がける御徒町の「セロトニンDojo」はセロトニン活性のための知識と実践の場。ヨガやストレッチ体操などのエクササイズから講義まで、多彩なプログラムが受けられる。

現代の生活習慣ではセロトニンが出にくい、ということでしょうか?

セロトニンが不足する大きな理由に日光・運動・スキンシップの欠乏があり、現代社会では、これが極端に足りないケースが増えています。
一番の原因は、パソコンとスマホ。朝起きるとカーテンも開けずに真っ先にスマホを見て、通勤中もスマホをいじりっぱなし。会社ではパソコンの前にずっと座って身体は動かさないし、液晶画面を眺めていると知らない間に息を詰めちゃっているので、呼吸も浅くなる。ランチタイムもスマホを見ながら一人で黙々と食べて、家に帰ってもスマホ。こういう生活を長い間続けていると「セロトニン欠乏脳」になるのは当然とも言えます。

耳が痛い限りです…。

とは言っても、今さらパソコンやスマホを使わない生活はあり得ませんよね。すごく便利な道具ですし、僕も毎日使っていますが、それに依存するあまりセロトニンが自然に出る生活を過ごせない人も増えている。まずは自分の依存状態に気付いて、朝早く起きて少し運動しようとか、意識的にライフスタイルに修正を加えることが第一のステップになるんです。

有田先生の著書はなんと50冊以上。『脳からストレスを消す技術』は20万部を超えるベストセラーに! セロトニンの注目度の高さが伺える。

セロトニン活性に必要なのは
日光・運動・グルーミング!

セロトニンが活性する生活習慣とは、具体的にどうすれば良いのでしょう?

方法は主に3つあります。まず【太陽の光】を浴びること。日光が網膜を刺激して、直接セロトニンを活性化させます。室内の明かりでもいいのでは? と思う方もいるかもしれませんが、電灯の光は太陽の光の明るさには到底及ばないため、活性化にはなりません。セロトニンは起床で分泌が始まり、起きている間ずっと分泌され、夜寝ると分泌が止まるという特徴があるので、そういう意味でも朝起きたらまず外に出て、朝陽を浴びることが望ましいですね。

曇った日でも効果はありますか?

春~秋頃なら曇っていても充分に効果があります。時間は10~30分程度で、皮膚に直接太陽を当てる必要もありません。セロトニンは目の網膜が光を感じることで活性化されるので、たとえばUVカットの長袖の服を着ていても、帽子や日傘をしていても大丈夫です。

日光を浴びた方がいいんだろうなと思いつつ、日焼けを気にしてためらっていました。

まずは朝、目覚めたら太陽の光を浴びる。時間は10~30分、目の網膜に光が入ればOKなので肌を焼く必要はナシ。冬場以外なら曇っていても大丈夫! 屋内でも、日当たりの良い窓の近くなら効果がある。

「集中」して「継続」できる
日常生活レベルの運動を!

次に効果的なのが【リズム運動】。これはダンスなどの特殊なリズム運動ではなく、「歩行」「呼吸」「そしゃく」といった日常生活レベルの運動です。具体的にはウォーキングやジョギング、自転車こぎなど、無理なく継続できる軽めのエクササイズがいいですね。呼吸のリズム運動に関しては、皆さんが普段無意識にしている、いわゆる生きるための呼吸では実はダメで、丹田(おへその下にある、人体の気を司ると言われる場所)を意識した、しっかりと吐く呼吸をすることが大事。わかりやすい例が、ヨガや太極拳。あとは歌を歌ったり、楽器を吹くのも呼吸のリズム運動になります。ひとりカラオケもおすすめですよ。

気軽に実行できそうですね。その際、気を付けるべきポイントはありますか?

1日5~30分でいいので「集中」して「継続」すること。たとえばウォーキングの場合、ただ歩くだけなら、皆さん朝の通勤で30分ぐらいは歩いてらっしゃると思うんですが、人でごった返した繁華街や駅をただ歩くだけでは、周囲に刺激が多すぎて心がかき乱され、有酸素運動にはなっても、セロトニン活性にはなりません。

ただ歩けばいいというわけではないんですね。

いちばんいいのは、いつもより朝30分早く起きて、公園や水辺など人があまりいない場所を、歩行のリズムに集中して歩くこと。屋外に出れば太陽も出ていますし、脳も身体も気持ちも自然に目覚めて、セロトニンがちゃんと出るようになる。ジムのウォーキングマシンもいいですが、テレビを見たり、ラジオを聞きながら歩くのは集中力がそれるのでおすすめできません。音楽を聴きながら歩いたり、呼吸を意識して歩くのは、実は無心になれるのでいいです。

「そしゃく」はどうでしょう?

よく野球選手がガムを嚼みながら試合をしていますが、あれは嚼むことで脳の中のセロトニン神経を活発にして、緊張やネガティブな気分を改善するからです。ガム噛みは、リズム運動全般の中でも手軽に実践できるのでおすすめですよ。

毎日継続できる日常生活レベルの運動を5~30分、集中してやるのがポイント。屋外でのウォーキング・ジョギングのほか、ヨガやカラオケ、ガム嚼みもおすすめ。

スキンシップが心を癒し
セロトニンも活性する

【太陽の光】と【リズム運動】と、あともうひとつは…?

効果があるのが【グルーミング】。本来は動物の毛づくろいのことですが、要はスキンシップのことですね。グルーミングは動物のストレス解消のための行動と言われていて、実際グルーミングをしている時には「オキシトシン」というストレスを癒す物質が分泌されていることが研究で明らかになっています。そしてこのオキシトシンが、セロトニン分泌を誘発してくれるんです。だからペットを可愛がったり、子供や恋人と触れ合ったりといった直接的なスキンシップはもちろん、気の置けない人とゆっくりおしゃべりをするとか、家族団らんを楽しむといった心の触れ合いも、セロトニン活性にはとてもいいんです。

メールやSNSといったネット上でのやりとりはグルーミングになるのでしょうか?

メールやSNSは入力されたデジタルの情報だけが飛んでいる状態。人と人との触れ合いにはならないので、オキシトシンもセロトニンも出ません。やっぱり直接顔を合わせて、カフェでコーヒーを飲みながらおしゃべりをするのがいいですね。「誰かと会って喋って、心を通わせた」という事実と行動が重要なので、他愛のない話でもいいんです。女性がよく「ちょっとお茶しない?」って友人を誘ったりするのも、実は有効なセロトニン活性なんですよ。

人との触れ合いという意味では、店舗での接客もグルーミングになりますか?

笑顔で元気に接客することでお客さんも喜んでくれて、自分もそこに喜びを感じられるのであれば、たとえプライベートな交流はなくても、立派なグルーミング行為になると思います。人間は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立つことで自身も幸福や充足感を得られる生き物です。だから、ボランティアなどの社会奉仕活動もグルーミングとしておすすめですね。

ネットやスマホ上ではなく、直接顔と顔を合わせた交流。スキンシップはもちろん、気のおけない友人とのおしゃべり、家族団らん、子供やペットとの触れ合いも有効。

夜、熟睡できるかどうかも
実はセロトニン次第?

日光・リズム運動・グルーミングのある生活をしたいけれど、実際は夜なかなか眠れず、朝も時間がないという人も多そうですが…。

実は、夜よく眠るための睡眠ホルモンである「メラトニン」も、セロトニンと繋がっています。人間の身体は日中にストックしたセロトニンを材料に、夜暗くなると「メラトニン」を作るので、昼間セロトニンがちゃんと出る生活をしていないと夜に熟睡できないんです。よく眠りたかったら、暗くなってからでもいいのでウォーキングなどのリズム運動をすると、セロトニンがそのまま睡眠薬となるのでおすすめです。

セロトニンは睡眠とも深い繋がりがあるんですね!

注意したいのは、寝る前にベッドでスマホなどをいじらないこと。スマホが出す強いブルーライトの刺激を網膜に受けると、脳は朝が来たと判断して「メラトニン」の分泌を抑制してしまうんです。だから、最初は無理にでも朝早く起きて、ちゃんと意識的なリズム運動をし、寝る2時間前にはパソコンもスマホもやめる。そうすることで自然にセロトニンが活性化されて、メラトニンも増え、結果、朝スッキリと起きられるようになっていきますよ。

最近は、朝ヨガやランチミーティングといった試みを意識的に取り入れている会社も増えていますよね。

いわゆる“目覚めた人”が増えていて、そういう人たちはみんな元気になってきてますね。僕のところにも、会社の福利厚生でセロトニン活性の取り組みをしたいという相談が増えていますし、社会全体に気づきが芽生えつつある気がします。

毎日1本バナナを食べているという有田先生。バナナにはセロトニンの材料となる「トリプトファン」というアミノ酸と、セロトニン造成に必要な炭水化物とビタミンB6がバランスよく入っているそう。

太陽の光を浴びて、歩いて食べて、人と触れ合って…。考えてみると、セロトニン活性法はどれも決して特別なことではない、人間が昔から当り前にやってきたことなんですね。

人間の身体は本来うまくできてるんですよ。現代人は時計を目安に生きているけど、もともと人間は太陽が出ると自然に起きて、食料を探すために自然の中を歩いて、身体を動かして、人と触れ合って生きてきた。その中でストレスになるような出来事があっても、セロトニンという元気の源も、オキシトシンという癒し物質も、メラトニンという睡眠薬も自分で作っているから、薬に頼ることなく克服してきた。人間の脳が持つ力は、どれだけ時代が変わっても変わらないものなんです。だからこそ、セロトニンという自前のお薬をちゃんと出せるように生活スタイルを改善して、トレーニングする。そんな“攻めの養生”をぜひマスターして、毎日を元気にいきいきと過ごしていただきたいですね。

INFORMATION

有田秀穂(ありた・ひでほ)
東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経の基礎研究に従事。東邦大学医学部統合生理学で座禅とセロトニン神経・前頭前野について研究。現在は東邦大学名誉教授。2009年に日本初となるメンタルヘルスケアをマネジメントする「セロトニンDojo」を開設。セロトニン研究の第一人者として、執筆、公演、メディア出演などで活躍。
URL/http://www.serotonin-dojo.com/

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