“きもち”をたかめる。<連載>

自分と、大切な人のために。
今知るべき「たばこと健康」の話

撮影/菅原景子(Roaster) 取材・文/岡林敬太

2020年はまさに、たばこを巡る事情が大きく変わった1年でした。4月に法律が改正され、飲食店や職場が原則禁煙になったほか、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が、喫煙の影響を大きく受けることも判明。また、新型たばこの普及が広がり、さらに10月にはたばこが値上げされるという動きもありました。刻々と変化する喫煙環境。その最新事情を正しく知って、喫煙者はもちろんのこと、喫煙者を家族や友人に持つPTRも、今一度たばこと健康について考えてみましょう。

たばこを吸うと、コロナや
歯周病のリスクも上がる

法改正、コロナ禍、値上げなどの影響で、「そろそろたばこをやめようかな」と考える人や、「身近にいる喫煙者に禁煙してほしい」と思う人も増えていることでしょう。しかし、いざ本人が禁煙を決意したとしても、吸いたい気持ちを我慢したり、従来型の紙巻きたばこから新型たばこに切り替える方法を選ぶと、結局はたばこの呪縛から逃れられないケースが多いのだとか。

せっかく禁煙に挑むなら、失敗は避けたいところ。そこで今回は、国立がん研究センターの片野田耕太先生をお招きし、たばこと健康に関する最新事情や、成功率の高い禁煙法を教えてもらいます。喫煙者も、その周りにいる人も、正しい知識を身につけて、禁煙を実践orサポートしましょう。

国立がん研究センターに勤務する片野田先生。自身は非喫煙者でありながら、喫煙者の目線にも立ち、たばこの健康被害を研究し続けています。

まずは、喫煙者にとっては「耳にタコ」かもしれませんが、たばこの害について片野田先生に教えてもらいます。

「たばこの煙には250種類以上もの有害物質が含まれています。中でも毒性と依存性の強いニコチン、発がん性物質を多く含むタール、酸素欠乏をもたらす一酸化炭素は“たばこの3大有害物質”と言われています」

その煙を吸い続けると、全身のさまざまな病気を招くそうです。

「最も代表的な病気は、肺がんを始めとするほぼ全身のがんです。また、脳の血管がつまったり破れたりする脳卒中や、血管が狭くなったり硬くなったりすることで心臓を動かす筋肉へ血液がいかなくなる虚血性心疾患、気道が狭まったり肺の組織が壊れたりして呼吸が困難になる慢性閉塞性肺疾患などのリスクも高めます。意外なところだと、糖尿病や歯周病の原因にもなりますね」

歯周病によって口臭が生じるケースもあるので、接客に携わるPTRは特に要注意。これらの健康リスクは、吸う本数が少ないほど低くなるとか。しかし、1日1本など喫煙本数が少なくてもリスクは増加するため、喫煙者はたばこの本数を減らすより、禁煙を目指したほうがよさそうです。

国立がん研究センターが発行するパンフレット「喫煙と健康」によると、副流煙(たばこの先から立ち上がる煙)はフィルターを通さない分、主流煙(喫煙者がたばこのフィルター越しに吸っている煙)よりも数倍多い有害物質を含むのだとか。つまりたばこは、喫煙者本人だけでなく、周囲にいる人々の健康にも多大なる悪影響を及ぼすのです。

たばこの健康被害といえば、2020年は衝撃的な話題もありました。「たばこを吸っているとコロナによる肺炎が重症化する」という報道が相次いだのです。

「世界中のさまざまな研究により、高齢者、持病のある人、肥満者などとともに、喫煙者もコロナで重症化しやすいことが明らかになってきました。WHO(世界保健機関)などでも、その危険性を警告しています」

米ハーバード大学などの研究グループによると、喫煙者は非喫煙者に比べてコロナの重症化リスクが1.4倍、死亡リスクが2.4倍にも上るそう。喫煙者はこうしたデータを重く受け止め、今こそ禁煙を目指す時でしょう。

新型たばこに切り替えても
「禁煙成功」とは言えない?

従来の紙巻きたばこに対する締め付けが厳しくなる中、それに代わるものとして急速に出回り始めたのが、新型たばこです。「健康への悪影響が少なそう」「臭い煙が出ないので周りに迷惑をかけないはず」などの理由で、新型たばこに切り替える人が続出中ですが、果たしてそれらのイメージは真実と言えるのか? また、新型たばこは「加熱式たばこ」と「電子たばこ」に分類されますが、2つの違いは何なのか? 片野田先生に解説してもらいます。

「現在、日本で販売されている新型たばこのほぼすべてが、加熱式たばこです。加熱式たばこは、たばこの葉を燃やさずに電気で加熱して、発生した蒸気を吸う製品。見た目も使い方も紙巻きたばことは大きく異なり、においも少なく、吐き出す煙も見えにくい。ですが、紙巻きたばこと同じく葉たばこが原料として入っているため、加熱式たばこはれっきとした『たばこ製品』です。もちろん、ニコチンなどの有害物質も含まれています。このニコチンこそが、依存性の大きな原因なのです」

加熱式たばこは紙巻きたばこ同様、ニコチンの血中濃度が急速に上がるように作られていて、それが依存性を生むのだとか。「紙巻きたばこから加熱式たばこに切り替えたから、そのうち禁煙できる(orすでに禁煙できている)」と考える人もいますが、それは大きな誤解です。

「加熱式たばこに切り替えてもニコチン依存は軽減されないので、『禁煙に成功した』とはまったく言えません。たばこ製品に依存している状態に変わりはないのです」

「加熱式たばこに変えた人の多くは、結局、『紙巻きたばこを吸えない場所では加熱式たばこを吸い、喫煙可能な場所では紙巻きたばこを吸う』という“二刀流”になってしまいますね」と片野田先生。

一方、電子たばこはどうなのか?

「電子たばこは、葉たばこを使用せず、香料入りの液体を電気で加熱し、発生した蒸気を吸引する製品です。海外ではニコチン入りの電子たばこが人気ですが、日本ではニコチン入りの電子たばこは法律で規制されているため、現在国内で公に流通しているのはニコチンを含まない製品のみ。疾病や死亡リスクとの関連性は現在のところ不明ですが、医薬品ではなく生活用品として流通しているため、品質管理に問題があることも。『ニコチンなし』と謳っている製品の約半数から微量のニコチンが検出されたという調査結果もあるため、決して安全とは言えません」

そんな電子たばこは、禁煙に役立つのでしょうか?

「難しいと思います。口寂しさをまぎらわす効果はあるものの、基本的にはニコチンが含まれていないため、多くの喫煙者は物足りなさを感じるはず。そして結局は紙巻きたばこに戻ってしまうのではないでしょうか」

「受動喫煙防止」は
マナーからルールへ

ここ数年、受動喫煙にまつわるトラブルや訴訟が相次いでいます。たばこを吸わない人が受動喫煙により肉体的、精神的な苦痛を被ることが大きな社会問題になってきたのです。では実際のところ、受動喫煙にはどのような健康被害があるのでしょうか?

「受動喫煙は、肺がん、脳卒中、虚血性心疾患などのリスクが高まるほか、子どもであれば突然死やぜんそくの原因にもなることがわかっています。具体的な数字を挙げると、受動喫煙の環境にある人は、ない人に比べて肺がんになるリスクが約1.3倍高い。喫煙者の肺がんリスクは4〜5倍なので、それに比べれば低い数字ですが、その1.3倍のリスクは、本人にまったく非がないわけですよね? 本来は1.0倍でいいものが、他人のせいで1.3倍になるというのは理不尽な話です」

喫煙者本人に「あなたの健康に悪いから」と禁煙を促しても反応が鈍い場合は、「あなたの大切な家族や仲間に害が及ぶ可能性があるよ」と伝えてみるのも一つの手。そうすると案外、禁煙に関心を持ってくれるケースが多いそうです。

たばこの煙が見えない状態でも、受動喫煙のリスクはあるそうです。「部屋の壁や喫煙者の衣類などに付着した有害物質から、非喫煙者がサードハンドスモーク(三次喫煙・残留受動喫煙)の被害を受ける可能性があります」。新型たばこも例外ではありません。「本体から煙は出ていなくても、使用者が吐く息から有害物質が検出されるという研究結果もあります」

2020年に入り、受動喫煙を防止するための取り組みは、より厳しいルールへ変わりました。4月に全面施行された改正健康増進法により、飲食店や職場、公共交通機関などが原則として屋内禁煙に。違反をすれば、施設の管理者のみならず吸った個人にも罰則が適用されることになったのです。

「多くの飲食店などが禁煙になったことに加えて、コロナの三密対策で各所の喫煙所が続々と閉鎖もしくは撤去されていて、『吸える場所がなくなってきた』という理由でたばこをやめたがる人も増えているようです。でもその一方で、今なお残る喫煙所には、多くの喫煙者が集まっているのも事実。コロナ重症化のリスクを抱えた喫煙者が、マスクを外した状態で密室空間に集い、大きく息を吸ったり吐いたりしているのですから、非常に危険です」

やめたいけどやめられない。リスクを冒してでも吸いたい。それが喫煙者の心理なのでしょうか……。

ニコチン依存は病気!
医療機関で治療を

喫煙者の多くは、たばこの危険性を重々承知しているはず。それなのになぜ、たばこをやめられないのでしょう?

「理由はズバリ、『ニコチン依存症』という状態だからです。依存症の定義は、その人の正常な判断を狂わせるかたちで『優先順位が変わってしまう』こと。たとえば、就業規則上はNGなのに、仕事中に離席してたばこを吸いに行ってしまったり、我が子の健康を守らなくてはいけない立場なのに、家でたばこを吸ってしまったりするのは、何が大事なのかの優先順位が変わってしまっていますよね。それが依存症の怖さなのです」

大切なことを差し置いてまで吸う価値のあるものなのか? 今一度よく考えてみましょう。

片野田先生の著書「本当のたばこの話をしよう 毒なのか薬なのか」。たばこをめぐるさまざまな矛盾や素朴な疑問に対して、科学的な回答を試みた力作です。

SBJ健保の制度を使えば
禁煙外来が自己負担ゼロに!?

本気で禁煙したい! そう決意した場合、どのような行動を取るべきなのでしょう?

「医療機関で禁煙外来の治療を受けるのがベストだと思います。また、薬局で禁煙補助薬(飲み薬や貼り薬)を買って使うこともできます。先述したとおり、ニコチン依存症は優先順位が変わってしまう状態なので、本人の頑張りだけでどうにかしようとするよりも、専門家の客観的な指示に従ったほうが成功しやすいです。自力で禁煙した場合の成功率は30%程度ですが、禁煙外来や禁煙補助薬を使った場合の成功率は70〜80%と言われています。禁煙外来での治療はいたって簡単。12週間(約3ヶ月)の間に5回通院し、禁煙補助薬を処方してもらうだけ。薬局で買える禁煙補助薬でもほぼ同じです。治療中のストレスなどを相談することもできます」

SBJ健康保険組合には「禁煙外来補助金制度」があり、健保組合が禁煙外来の治療費を2万円まで負担してくれるため、組合に加入しているPTRは、ニコチン依存症と診断されれば「自己負担ほぼ0円」で禁煙治療を受けられます(詳細は記事の最下段参照)。禁煙を始めるならば、この制度を使わない手はありません。

禁煙外来は「禁煙誓約書」にサインをしてから治療が始まり、医師や看護師と定期的に面談をするので、「吸わないでおこう!」という気持ちが持続しやすいのもメリットです。

一昔前までは気合いと根性で禁煙に挑む人が多かったため、失敗率が高く、敗北感や徒労感が残りました。しかし現在は、禁煙外来や禁煙補助薬で無理なくたばこをやめられる時代です。法改正やコロナに加え、たばこの値上げまであって喫煙者はピンチに追い込まれましたが、逆に考えればこれは禁煙のチャンス。

さあ、たばこをやめたいあなたは今こそ禁煙外来を受診し、健康を取り戻しましょう。そして、たばこを吸わないあなたも周囲の喫煙者に禁煙を促し、健康づくりをサポートしましょう。

※SBJ健康保険組合では、禁煙外来治療費の補助を実施しています。成功率70%以上と言われる禁煙外来で治療し、禁煙を成功させましょう。
「禁煙外来補助金制度」の詳細は、コチラをご覧ください。

INFORMATION

片野田耕太
1970年、大阪生まれ。東京大学法学部を卒業後、同大学院医学系研究科に進学、脳科学の研究を行う。2002年博士課程修了後、国立健康・栄養研究所研究員に。2005年より国立がん研究センター研究員となり、たばこの健康影響とがんの統計の分野の研究に携わる。2017年より、がん統計・総合解析研究部長として、たばこ対策、がんの統計、がん教育など幅広い分野で研究活動を行っている。
URL/https://www.ncc.go.jp/jp/(国立がん研究センター)

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