“きもち”をたかめる。<連載>

心が動く、映画体験をしたい。

撮影/中野理、田形千紘[Roaster]  取材・文/赤木百[Roaster]

7月のとある土曜日。夕暮れ時だというのに上野の東京国立博物館前には長蛇の列。この日、博物館の正面に設置された巨大スクリーンを使った、アニメ『時をかける少女』の上映イベントに参加するため大勢の人が列を作っていました。3年前から始まったこのイベント「若い人にもっと博物館に来て欲しい」との思いから、東京国立博物館が全国で映画上映の活動を続ける「キノ・イグルー」に声を掛けたのが始まり。今回、「キノ・イグルー」メンバーのひとり、有坂塁さんにお話を伺い、映画の新しい楽しみ方について考えました。

キノ・イグルー/有坂塁さん

「博物館で野外シネマ」は例年秋に開催しているイベント。今回は『時をかける少女』10周年を記念したスペシャルイベントでした。

「この作品は公開から口コミで評判が広がった映画です。流石に6500人も集まるとは予想外でしたけどね」

上映前、陽が落ちるのを待ちながら、何千人もの人が白く浮かぶスクリーンを囲む光景には、お祭りのようなワクワク感と不思議な非日常感が漂っていました。

「東京博物館さんからお話を頂いたとき、最初から屋外で上映すると決まっていた訳ではないんです。『若い人に楽しい時間を提供したい』ということだったので、室内よりもっと開放的な空間で、ワクワクする感覚を全身で感じられた方が心に響くのでは、と提案をさせて頂き、屋外での上映になりました。上映ではいつも絵になる場所にスクリーンを設置することを心がけているのですが、東京国立博物館で一番象徴的でスクリーンが池に反射する場所に設置することにしました」

有坂塁さん、渡辺順也さんの二人で活動するキノ・イグルーは今年で13年目。初めての上映は友人が建てた映画館だったそうです。

「1930~50年のパリで全盛期だった自主上映会『シネクラブ』に憧れて始めたんです。興行目的ではなく、主催者が自分が好きな映画を観てもらいたいから上映するという動機がシンプルでいいなって」

「熱量」を大事に、
人の心が動く仕事を。

「僕たちは自分で企画を持ち込むスタイルをとっていません。声をかけて頂いた方と映画の時間を作っていくという受け身の形です。こちらから働きかけることも可能ですが、相手と温度差が生じるのが嫌なんです。同じモチベーションで対等にコミュニケーションをとるということを、仕事をする上での出発点にしています。リスクはありますが、13年間続けていて、こちらが楽しみながら待っていると自然と人と仕事が集まる実感があります。楽しそうな人のところに人って集まるんですね。仕事相手だけではなくお客さんも同じ。ワクワクしないと2時間も座って映画を見る気にならないですし。理屈じゃなくて、よく分からないけど楽しそう! という風に、心が動かないと観てもらえないと思うんです」

常にまず自分のワクワクを大切に。そうすることで自然と仕事も人も集まる。キノ・イグル―の「心が動くこと」を大切にするスタイルは、仕事においても普段の生活においても真似をしたくなります。

映画を観るという体験自体がもっと自由でいいのでは、と有坂さんは続けます。

「昔、浅草にヤクザ映画の3本立てを観に行ったんです。そしたら上映中、主人公がタバコに火をつけるシーンで、観ていた周りのおじさんたちが次々とタバコを吸い始めて(笑)。で、1本目が終わると、そのおじさんたちが急ぎ足で部屋を出てくんですよ。なんだろうと思ったら、売店の横に競馬の結果が貼り出されてる。映画の合間に競馬をやりながら、映画も楽しんでるんですね(笑)。映画を型にはめて観るんじゃなくて、そういう風にもっと自由でいいんだと思います」

もっと自由で型にはまらないやり方で映画を観ると、今まで見えていなかった新しい発見に繋がるかもしれません。小さなワクワクの種を見逃さないように、体と心を少し自由にして、自分の世界を広げる準備してみてください。

PROFILE

Kino Iglu キノ・イグルー
2003年に中学校時代の同級生、有坂塁と渡辺順也によって設立された移動映画館。東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で世界各国の映画を上映している。




お知らせ

今回は『時をかける少女』10周年記念のスペシャルイベントでしたが、レギュラーの上映企画も10月に開催されます。

博物館で野外シネマ
-キノ・イグルー×東京国立博物館-
日時:2016年10月14日(金)、15日(土)  19:00 スタート
映画:『秒速5センチメートル』(2007年/日本/63分)新海誠監督
料金:無料
(ただし東京国立博物館の入館料が必要)

CONTENTS