“きもち”をたかめる。<連載>

男女とも知っておきたい、
PMSに向き合うヒント

撮影/藤井由依(Roaster) 取材・文/金城和子
 イラスト/蔵元あかり(Roaster)

毎月、多くの女性の生理前にやってくる、体や心の不調=PMS(月経前症候群)。人によって不調の度合いはまちまちですが、仕事がハードな時期や、プライベートで大切な約束がある日に重なってしまい、辛い思いをすることも…。そこで今回は、この症状とうまく付き合うためのヒントを、産婦人科医の高尾美穂先生にうかがいます。メカニズムや対処法をはじめ、PMSに悩む同僚やパートナーとどう接すればよいか、男性側の向き合い方についても解説いただきました。

一生で平均450回訪れる、
PMSのメカニズムとは?

PMSとは「premenstrual syndrome」の略称で、日本語名は「月経前症候群」。近ごろ言葉自体は耳にするようになりましたが、そのメカニズムや対処法については、女性でも実はよく分からない!という人が多いのでは?

「現代女性の一生のうち、生理が来る回数は平均約450回。つまりPMSも同等の回数訪れる可能性があります。そう考えると、人生においてかなりの時間を占めていることになりますよね。だからこそPMSの仕組みをしっかりと理解し、かつ対処してほしいです。そうすることで気持ちも楽になりますし、日常生活のパフォーマンスも良くなりますよ」と、高尾先生は話します。

女性のための総合ヘルスクリニック「イーク表参道」で副院長を務める、産婦人科医の高尾美穂先生。産婦人科はもちろん、女性スポーツ外来やマタニティヨガも担当し、豊富な知識と自身の経験に基づいたアドバイスで、女性のさまざまな悩みに寄り添っています。

月経の3〜10日前頃に起こりうる、さまざまな不調の総称、PMS。女性の約75%がPMSに悩んでいるというデータがあるほど、多くの人が不調を感じています。頭痛・腹痛やむくみをはじめとする身体的な症状にくわえ、イライラや不安感がつのる…など、メンタル面にも影響が。そもそもなぜ、こんな症状が起こるのでしょうか?

「大前提として、PMSが起こるのは、生理周期が安定している証拠です。PMSは、排卵後〜生理開始直前が一般的な期間とされていますが、きちんと排卵が起きているからこそ出てくる症状。体が正常に機能しているということだから、心配しすぎなくても大丈夫なんです。でもやっぱり、悩みは尽きませんよね。そこでまずは、生理周期とPMSの関連性を知っておきましょう。そうすれば何かしらの不調を感じたときに、それがPMSによるものだと理解できるので対処しやすくなります」

一般的に、生理周期は約28日で1サイクル。その間に、排卵や月経が訪れますが、これにはエストロゲンとプロゲステロンという、卵巣から分泌される2つの女性ホルモンが関係しています。エストロゲンは、妊娠準備のために子宮内膜を厚くしたり、丸みのある女性らしい体を作ったりするホルモン。そしてプロゲステロンは、受精卵が着床しやすいように子宮内膜を整え、妊娠を助けたり維持したりする働きを持っています。

「まず、エストロゲンの分泌量が増えたことを合図に、排卵が起こります。エストロゲンは排卵前をピークに減少していきますが、それと同時に、妊娠準備のため、今度はプロゲステロンが分泌されるようになります。ただ、妊娠成立しなければエストロゲン・プロゲステロンともに必要ではないため、排卵から7〜10日ほど経ったころに減少していきます。PMSが起こるのは、2つのホルモンの分泌量が大きく変化するタイミング。つまり月経の3〜10日前頃ということになります」

エストロゲンが大量に分泌されたあとに排卵が起き、その後、プロゲステロンの分泌量がぐっと増加。しかし妊娠しなければ2つのホルモンが減少し、そのタイミングで子宮内で準備されていた赤ちゃんのベッド(厚くなった子宮内膜)も不要になるので体外へはがれ落ちます。これが生理というわけです。

エストロゲンとプロゲステロン。この2つの女性ホルモンの分泌量が大きく変化した結果、体調や見た目に現れる変化がPMSなのです。

PMSの症状は、主に「体」と「心」の不調。体の変化としては、便秘やむくみ、頭痛、腹痛のほか、眠くなる人も多いとか。心に関しては、イライラする、涙もろくなる、緊張しやすくなるなどの変化がよく出るそう。

ホルモンの分泌量が変化すると、なぜそのような症状が現れるのでしょう?

「例えばプロゲステロンは、妊娠に向けて、体内に水をため込む傾向があります。分泌が増えると皮膚に水がたまって体にむくみが生じ、さらに大腸の壁もむくむ。それによって外見に変化が出たり、便を運ぶ力(ぜんどう運動)が弱まって便秘などの症状が現れたりします。またPMSが起こり得る時期には、エストロゲンの分泌量が減ることで、精神を安定させる働きをする神経伝達物質・セロトニン(通称“幸せホルモン”)の分泌も減少することが分かっています。そのことからイライラしたり不安を感じたりと、メンタル面にも影響が。このようにPMSの症状はどれも、基本的に2つの女性ホルモンに関係しています」

PMSの症状は、体と心の両方に出たり、その一方に偏ったりと、人によってさまざま。なかには、まったく症状を感じない人もいるとか。「PMSとひとくくりにするよりは“PMSのどんな症状に困っているのか”を理解して、自分に合った対策を探るのがいいと思います」

PMSを緩和させるカギは
十分な睡眠にある!?

辛い症状を少しでも軽くするために、「まず重要なのは、十分な睡眠時間の確保。PMS期間中に睡眠が足りていないと、特にメンタル面に大きな影響が出るうえ、自律神経が乱れて身体的な不調も増します」と、高尾先生は言います。

「人間は体温が下がらないと眠りにつけない性質があるのですが、PMSの期間中はプロゲステロンの影響で、体温がいつもより0.3〜0.6度高い『高温期』になります。なので、夜でも体温が下がらず熟睡できない人がほとんど。生理前になると昼間に眠くなるのも、『高温期』による睡眠不足が原因であることが多いです。だからこそ普段からしっかりと睡眠のリズムを整えておき、PMS期間中でも眠りにつきやすい状態をキープすることが大切です」

睡眠リズムを整えるには、どうすればよいのでしょうか?

「人間は太陽の光を浴びてから16時間後に眠くなる特徴を持つため、眠りにつきたい時間から逆算して『朝、この時間には太陽を浴びよう』と決めるのがおすすめです。例えば朝7時に部屋のカーテンを開けたら、夜23時には自然と眠くなります。睡眠のリズムが乱れている人は、まずは毎日同じ時間に起きて日光を浴びるのがコツ。そうすると、体のリズムが徐々にできあがってきますよ。睡眠に時間をたっぷり割くのはもったいないと感じる方もいるかもしれませんが、PMS期間の睡眠不足が解消され普段どおりのパフォーマンスを発揮できることになるので、結果的に効率がアップすると考えてみてください」

睡眠時間が足りているかどうかは、昼間に一瞬でも眠くなるか・ならないかというのが指標になるのだそう。「理想の睡眠時間は7〜9時間と言われていますので、まずは手始めに、7〜9時間の睡眠を1週間、きちんと毎日とってみましょう。すると、昼間にまったく眠くならない、とても元気な状態を実感できると思います。1週間が難しい人は、3日間から試してみてください」

悩んでいるなら婦人科へ!
漢方やピルで負担を軽減

多い人で一ヶ月の約3分の1の期間を占めるPMS。症状にお悩みなら、具体的な治療についても考えていきたいところ。ならば婦人科で、根本的な原因を探って対策するのも手です。

「婦人科でのPMSの治療では、主に漢方薬かピルを用います。漢方薬なら、自律神経を整えることでメンタル面に効果が期待できる『加味逍遙散(かみしょうようさん)』や、体の水を抜いてむくみを軽減する『五苓散(ごれいさん)』などが代表的なもの。そしてもう一つの選択肢が、ピルです」

婦人科では症状や希望の治療方法だけではなく、口に出して伝えにくい悩みも積極的に問診票に記入して相談してみましょう。

「ピルとは、前述の2つの女性ホルモン、エストロゲンとプロゲステロンが配合されている薬。飲み続けると、妊娠している状態にあると体が錯覚し、排卵が起きません。よって排卵後にプロゲステロンの量がぐんと増えることもないため、PMSが起こる『生理前』という時期自体がなくなることになります。ピルは避妊目的で服用するイメージがありますが、こういった理由からPMSの治療にもよく使われています」

漢方薬よりハードルが高いイメージがあるピルですが、処方にいたるまでの婦人科での検査はいたってシンプル。億劫になりがちな内診も必須ではないのだとか。「ピルの処方に必要な検査は身長と体重、血圧の測定だけと、婦人科のガイドライン上で決まっています。内診や細かな検査が必須ではないと知れば、気楽に選択肢の一つに入れられるのではないでしょうか。ただ、病院やクリニックの方針によっては内診台に案内されることもあるので、気にされる方は受診時に確認するのがおすすめです」

「今は漢方やピルのほか、市販のサプリメントなど、治療にもさまざまな選択肢があります。だから自分の体と向き合って、気軽に選んでトライしてみてほしいです」

同僚やパートナーのPMSに
男性はどう向き合えばよい?

PMSは決して、本人だけの問題ではありません。作業に集中できず仕事に影響が出てしまったり、イライラして他人に強く当たってしまったり…なんて、女性なら一度は経験したことがあるはず。つまり、周囲にも影響を与えてしまう可能性があるのです。ではそんな状況に、異性の同僚やパートナーはどう向き合うのが正解なのでしょう。

「気を遣われすぎるのも、女性にとっては負担になります。考え方としては、風邪と同じ感覚で接すればOK。理由は違えど、要は“調子が悪い”ということなので、『生理前だから』などと細かく考えずに『調子が悪そうだけど、大丈夫かな』くらいの理解と思いやりがあればいいと思います。もし男性から何かアクションを起こすなら、できれば女性の同僚や友人を介して『調子が悪いなら遠慮せずに休んでね』と優しく伝えるのはいかがでしょうか」

体調不良ならば「休息を取ってね」と気遣いやすいですが、では、女性のメンタル面の変化を感じたときの受け止め方は、どうすればよいでしょうか?

「男性の皆さんが女性と関わるなかで、きっと『昨日はなぜか機嫌が悪かったな』と感じた経験があると思います。そんなときは“女性は生理周期によって変化するいきものなんだ”ということを頭の片隅に置いておくと、受け取り方が変わると思います。それを念頭に置きつつ、職場なら女性が過ごしやすい・休みやすい環境作りをすることで、彼女たちのパフォーマンスは格段に上がるはず。すると当然、チームや会社としてもプラスになる。だから個人どうしだけではなく、企業単位でPMSや女性の体について理解を深めていただけたらと思います」

「PMSや生理の話は、女性同士でもしづらいかもしれません。特に症状が軽い人は、ほかの人も自分と同じ程度だろう…と思い込む傾向があるので、『自分とはまったく違う不調に悩んでいる人がいる』という想像力を持つことが大切です」

自分に合った対処法で
PMSと上手に付き合おう

「近年は女性の社会進出によって『PMSの辛さを我慢せず、積極的に治療をしたり休息を取ったりしよう』という考え方がだいぶ浸透してきたと感じています。でも、まだまだ『数日だけだし、何とかしのげばいいや…』って、症状を我慢してがんばってしまう女性も多い」と高尾先生。

「今は治療の選択肢も増え、異性からの理解も得られるようになってきている時代ですから、悩んでいる人はぜひ、我慢せずに婦人科に相談を。婦人科という存在を身近に感じていただくとともに、PMSって案外付き合いやすい! と、毎月の体の変化をポジティブに捉えてもらえるようになればうれしいですね」

「自分の体で起こっていることを、私たちは意外と知りません。まずはじっくり向き合うことで、PMSとの付き合い方の糸口が見えてくるはずですよ」

INFORMATION

高尾美穂
産婦人科医で、女性のための総合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。女性の健康をサポートすべく、一人一人に合った治療を提案。PMSや月経など、女性の体についてのオンライン講座も定期的に開催。また婦人科スポーツドクターとして女性アスリートのサポートも行い、医学的知識の提供や商品開発アドバイスを通して社会貢献を目指している。
URL/https://www.mihotakao.jp/

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