“きもち”をたかめる。<連載>

“知は力”、みんなで知って
考えたい更年期のこと

撮影/菅原景子 取材・文/金城和子
 イラスト/蔵元あかり(Roaster)

3人家族

多くの人が経験する、「更年期」というライフステージ。この時期はさまざまな心身の不調が出ることで知られていますが、なかには日常生活に支障をきたすほど重い症状に悩まされる人もいます。そこで今回は、更年期症状に悩む女性を長年診察してきた産婦人科医の白土なほ子先生に、女性の更年期を中心として、男性や若年層の更年期についてもお話を伺いました。更年期への理解を深め、上手に付き合うヒントを見つけましょう。

そもそも「更年期」って
どんな時期?

人のライフステージは、幼少期から思春期〜成熟期〜更年期〜老年期へと移り変わっていきます。なかでも成熟期から老年期への移行期にあたる「更年期」は、女性の場合、閉経によってホルモンの分泌量が極端に変化し、心身にさまざまな不調が現れます。

「症状や程度には個人差がありますが、特に閉経前後の女性は、男性よりもホルモン量が顕著に変化します。そのため、約20パーセントの方に通院が必要なレベルの症状が出ますし、その半数が日常生活に支障をきたす『更年期障害』と診断されています」と、白土先生は話します。

「とはいえ老年期に近づくにつれて体が慣れてくるため、個人差はありますが少しずつラクになります。更年期とは、あくまでも時期ですので、必ず終わりが来ます。それまで、いかに症状とうまく付き合い、周囲がサポートできるかが重要です。みんなで正しい知識を共有して、更年期を乗り越えていきましょう」

白土先生
20年以上にわたり、更年期の症状に悩む女性を診療してきた白土先生。自身の実体験を交えた親身なサポートで患者と向き合いながら、婦人科の基礎知識を伝える講演活動も行っています。

更年期にさまざまな不調が
起こるメカニズムとは?

ホルモンの分泌量が変化することに起因する身体的因子、それにともなう心理的因子、そして仕事や家庭環境が影響する社会的因子が複雑に重なり合う、更年期の症状。なかでも身体的因子は、性別や年齢によってメカニズムが異なります。まずは女性の更年期に焦点を当てながら、仕組みを紐解いていきましょう。

更年期のメカニズム

女性の更年期に起こる体の変化とその理由

女性の更年期は閉経をはさんだ前後5年(計10年)の期間を指し、日本人の一般的な更年期は45〜55歳ごろと言われています。その時期にさまざまな不調が起こるのは、閉経に向けて徐々に卵巣機能が低下し、卵巣から分泌していたホルモンのバランスが乱れることが原因です。いったいどんなメカニズムで、ホルモンが心身に影響をおよぼすのでしょうか?

「関係するのは、脳下垂体から出る卵胞刺激ホルモン(FSH)と卵巣から出るエストロゲンという2つのホルモン。脳の視床下部・下垂体から卵巣に指令を出してエストロゲンが分泌されるのですが、閉経が近づくと卵巣機能が落ちるため、脳が『ホルモンを出して!』と刺激しても、働きが悪くなった卵巣では指令通りにホルモンが出せなくなるんです。そうした状態に体が順応できず、心身のバランスが崩れてくるんですね」

「症状の原因となるのは、主にエストロゲンです」と白土先生は続けます。「女性らしい体づくりを助けるエストロゲンは、肌の潤いを保ったりコレステロールを抑えたりする作用があるため、分泌量が減ると肌つやがなくなったり、コレステロール値や血圧が上がったりしてきます。45歳を過ぎたころに『あれ、太ったかな?』と感じる方が多いのは、コレステロールの上昇によって内臓脂肪が付きやすくなるためなんです」

女性の更年期を知らせる3つのサイン

こんな変化が起きたら、それは更年期を迎えたサインかも? 覚えておきたいポイントは、主にこの3つ。

1 ホルモンの数値の変化
血液検査で分かるFSHとエストロゲンの数値は、更年期に差し掛かったと判断する目安になります。FSHが上昇して卵巣を刺激しているのに、エストロゲンの数値が基準値を下回っていたら、閉経に向けた準備がはじまっている可能性があります。そろそろ更年期かな? と感じたら、専門医がいる婦人科で血液検査をしてみてもいいかもしれません。
2 月経不順
女性は、だんだんと月経周期が不順になる期間を経て閉経を迎えるため、もともと月経周期が安定していた人は、周期の乱れによって更年期の訪れを感じるそう。1年間、月経が起こらなくなったら、閉経したという判断に。日ごろからアプリなどに月経リズムを記録しておくと、体に変化が起きた際にいち早く気が付けるはず。
3 ホットフラッシュ
急に顔周りが熱くなり、異常なほど汗をかく、「ホットフラッシュ」といわれる症状が出はじめたら、エストロゲンの減少によって自律神経が乱れてきた合図。症状が重い人は、夜中にパジャマを3回着替えるほど汗をかくことも。

更年期に起こる、
3つの不調とその原因

更年期の症状は「身体的症状」「精神的症状」「血管運動症状」などの不調に分類されますが、細かく見ていくと300もの症状があるのだとか! そのなかから、女性に見られる一般的な不調とその原因をピックアップ。

更年期女性
身体的症状 関節痛、動悸、頭痛など
エストロゲンは筋肉などの関節周辺の組織でも分泌しているため、閉経前後に量が減少すると関節を支えている筋肉や軟骨が衰え、こわばりや痛みが現れます。「さらにエストロゲンの低下によって、血液の循環や呼吸をコントロールしている自律神経も乱れます。そのため運動していないのに動悸がしたり、頭痛が起こったりするんです」
精神的症状 イライラ、不眠、意欲低下など
心理社会的症状とも言いますが、エストロゲンの減少によって精神を安定させる物質「セロトニン」が作られにくい状態になるため、精神的な不調を感じることも。「身体的症状・血管運動症状がストレスとなり、心の症状につながることもあります。患者さんを診察していると、更年期はお子さんの受験や自身の仕事上の立場の変化、介護などとも重なることも多いため、そうした環境的な要因も心に影響していると感じます」
血管運動症状 のぼせ、ホットフラッシュなど
特に閉経後の2〜3年に見られるのが、急に顔が熱くなったり、大量に発汗したりする「ホットフラッシュ」。「明確な原因は解明されていないのですが、ホルモンバランスが崩れることで血管の収縮・拡張をコントロールする自律神経が乱れ、体が急激に熱くなったり、ぼーっとのぼせたような状態になったりすることが分かっています」

その不調、更年期障害かも?
病院を受診する目安とは

多種多様な症状…、「いつもと違うな」が続いたときに。

「朝起きたくてもベッドから出られない、イライラして人間関係が悪化するなど、日常生活に支障が出てきたら必ず病院へ」と白土先生。「更年期の症状は多岐にわたるため、まずはかかりつけ医に相談するのがおすすめ。そこで治療ができなかったり、はっきりとした原因が分からなかったりする場合は、紹介状をもらって、総合病院を受診してください」

白土先生
「例えば関節痛で整形外科を受診しても原因が分からず、婦人科で原因が更年期だと判明することも。もちろんその逆もあるため、婦人科医は常に、ほかの科と連携して治療にあたります」

知っておきたい
男性や若年層の更年期

父娘

昨今は、男性や若年層の更年期も注目されています。閉経が目安になる女性の更年期とは違った特徴があるそう。それぞれのメカニズムや症状についても、伺いました。

ゆるやかに進む、男性の更年期。
その判断基準とは?

男性の更年期に関係するのは、がっしりした体つきや体毛などの“男らしさ”を作る「テストステロン」というホルモン。「私は婦人科の専門なので詳しい解説は控えますが、男性はテストステロンの減少とともに更年期を迎え、EDをはじめとする身体症状や精神的な症状も見られるようになります」と白土先生。

「男性の場合は、閉経によってガクッとホルモン量が減少するわけではないので、女性よりも症状の出方はゆるやか。なので、心身の不調を感じても原因が更年期だと分からず、悩む方も多い印象です。時期も40代後半〜60代までと、幅があるのも特徴ですね」

病気治療などにより、
若くして更年期症状が出る人も

女性の若年層の更年期症状は、婦人科系の病気やその治療によって起こることもあります。

「婦人科系の病気にかかり卵巣を摘出したり、病気治療のためのホルモン療法、化学療法、放射線療法などによって卵巣機能が低下したりすると、若くして更年期と同じ状態になることもあります。そうした要因がなくても、1000人に1人が30歳までに閉経を迎えるという統計があり、体質的に平均的な更年期年齢よりも早く更年期が訪れる人も少なくありません」

治療やサポートを知る!
更年期Q&A

更年期のつらい症状を乗り越えるためには、病院での治療だけではなく、セルフケアや周囲のサポートが不可欠。「病院ではどんな検査をするの?」「更年期の症状を抱える人にはどう接すればいい?」など、人に聞きづらい素朴な疑問を白土先生にぶつけてみました。

【病院での治療や処方される薬について】

診察風景
Q. 病院での治療は具体的にどのような内容になりますか?
A.「まず、じっくりと問診し、必要により血液検査でホルモンの値を調べます。症状が重く『更年期障害』と診断された方には、体内のエストロゲンをホルモン剤で補う『ホルモン補充療法』を行います。特にホットフラッシュに悩む方は、2週間程度で改善が見られることが多いですね」
Q. 更年期の症状において処方される薬は、どんなものがあるのでしょうか?
A.「漢方薬を処方することも多いですが、ホルモンバランスが顕著に崩れている更年期障害の場合は、ホルモン補充療法としてエストロゲンと、子宮がある人は子宮体癌予防のためにプロゲステロンを処方します。薬の剤型としては貼り薬、塗り薬といった、皮膚から吸収させる経皮製剤が主流ですが、皮膚が弱い方には飲み薬を提案するなど、体質に合わせて選んでいます。加えて、うつ症状が重ければ抗うつ薬も処方するなど、ケースによっていろんな薬を組み合わせます」
Q. 治療にかかる期間は大体どれくらいになるのでしょうか?
A.「個人差がありますが、閉経前後の5年が更年期になるので、最長でも10年でしょうか。実際には症状がひどい数年間に治療を行うことが多いですね。更年期のホルモンバランスに体が慣れれば症状はおさまるため、落ち着いてきたタイミングで薬を減らしていきます。急にやめると反動が大きいので、まずは毎日の薬を1日おきや、週に数回だけにして、徐々に減薬していきます」
Q. 漢方薬を使用する場合は、どんなものが処方されますか?
A.「代表的なのは、“婦人科三大漢方”と言われているものですね。頭痛をはじめとする全般的な身体症状には体を温めて血流をよくする『当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)』、精神的な症状がつらい方は抑うつ症状に効く『加味逍遙散(カミショウヨウサン)』、ホットフラッシュが重い場合は赤ら顔やのぼせに向いている『桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)』を、よく処方します。漢方薬は薬局などでも手に入りますが、種類がとても多いため、自身に合ったものを医師に判断してもらってくださいね」

【セルフケアについて】

セルフケア
Q. 症状を緩和する方法はありますか?
A.「ポイントは、いかに“心身を快適な状態に保てるか”です。特段、運動をしたりサプリを飲んだりする必要はなく、規則正しい生活とバランスのよい食事を摂るだけでもガラッと体調が変わります。加えてシャワーだけでなく湯船に浸かったり、ゆっくり音楽を聴いたりするなど、心身をリラックスさせることを意識するとよいですよ。何気ないことのように感じますが、特にメンタル面の症状には日々の過ごし方が大きく影響します。忙しいとは思いますが、できるだけ自身が心地よい状態をキープするようにしてください」
Q. メンタル面で注意することはありますか?
A.「身体的な症状にともなうイライラや不眠によって、人間関係や仕事のパフォーマンスに影響が出るなど、負のスパイラルに陥る方がとても多く見られます。まずは『更年期が過ぎるまでどう付き合っていこう?』 という視点をもつと、終わりが見えない不安感は取り除けるはず」
Q. 豆乳を飲むとよいと聞いたことがあるのですがどうでしょうか?
A.「大豆が更年期によいといわれる理由は、成分の一つである“大豆イソフラボン”にあります。こちらが腸内に摂り込まれると、2人に1人の割合でエストロゲンと似たような構造の物質に変換されるといわれています。そもそも大豆はタンパク質やビタミンなど、いろんな栄養が一挙に摂れる総合栄養食。変換できるかどうかは気にせず、マメに摂取するとよいと思います」

【周囲のサポートについて】

周囲のサポート
Q. 本人以外で、周囲の人が心がけることはありますか?
A.「更年期に関する知識をもっておくことですね。知識があれば、家庭や職場でイライラしている人や気分が落ちている人を見ても、本人のやる気や能力のせいではなく、もしかしたら更年期の影響かな? と気付いてあげられるかもしれません。そんなときには、追い詰めたり、責めたりせず、寄り添ってあげることができると思うので」
Q. 周囲の人はどのような接し方がよいのでしょうか?
A.「あまり干渉せず、ほどよい距離感でコミュニケーションを取りましょう。職場でホットフラッシュがつらそうな人がいたら、例えば飲み物を渡すときに『冷たい方がいい?』と聞いてあげるなど、さり気なく気遣うようにしてください。私自身もそうだったのですが、そうした“ちょっとしたこと”でも気持ちがラクになるもの。そして現代は核家族化が進み、親や兄弟姉妹など相談できる人が身近にいないという状況も相まって、八方塞がりになりやすいというのが一つの問題です。離れて暮らす家族には、マメにメールをしてあげるだけでも心の支えになると思います」

正しい知識が、
自身や大切な人の力になる

さまざまな要素が絡み合う、更年期の症状。「メカニズムを理解し、寄り添う気持ちをもっていただけたら」と白土先生は話します。

「更年期はライフステージの一部なので、永遠に続くことはありません。必ず終わると知っているだけでも、なんだか気持ちがラクになりませんか? 知識を根拠に自分の状況を把握することは、心身を支える力につながります。それは周囲の人にも言えることで、きちんと仕組みを理解していれば、身近な人に更年期が到来してもどんと構えてサポートできるはず。みんなで支え合いながら、更年期の10年間もハッピーに過ごしましょう」

INFORMATION

白土なほ子

産婦人科医。昭和大学大学院医学研究科外科系産婦人科学を卒業後、昭和大学医学部産婦人科に勤務。昭和大学病院で思春期・更年期・月経相談外来などを担当しながら、女性の一生をサポートするため、心のケアを含めて日々活動する。日本産科婦人科学会・女性のヘルスケアアドバイザーとして講演も行う。
URL/https://www.showa-obgy.jp/patient/staff.html

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